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王都に向かう
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あの後ダンはハドソンといくつかの話をした。
その話の一つは『狂王の塔』の調査についてである。
ダンがミカから受けた自分の姉妹の救出依頼を受けて街を出発した後、その2日後に別の冒険者パーティーが依頼を受けて調査へと向かったらしい。
ダンも話を聞き始めて「あ、そういえば」という顔を一瞬見せたが、元々ボッカの街の冒険者ギルドへ立ち寄った理由の一つである。
冒険者としての到着報告。これは義務ではないが、冒険者という職業自体がほぼ全員根無し草といっても過言ではないので、もし特定の冒険者に連絡を取りたい時に所在不明という事態にならないためにしておくほうがよいという理由から行うものである。
ダンもそういった何かがあった際に、伝言や手紙などが受け取れるように冒険者ギルドへ報告をしている。ちなみにダンがニアラの街から王都宛で送った手紙というのは、出したその日のうちに王都に届いている。
これはニアラの街のギルドでダンが書いた文面を読み、それをギルド間連絡用魔道具を使って口頭で伝え、王都のギルド側で再度紙に文面を起こして、王都の軍へと届けられる。といった流れである。
こういった手間暇や魔道具を起動させるための魔力などを考えると、やはり金貨1枚の値段相応だなとダンは考えた。
ちなみに書いた手紙をそのまま届けるという場合もある。その場合は依頼として出されて、冒険者が直に手紙を持って移動するといった方法となる。
この場合、手紙の紛失や道中のトラブルによる冒険者自体の失踪、また届け先の相手が居なかったなど手紙が届かないというパターンがいくつか考えられる。なので大体手紙を出す相手が長期に渡ってそこに居ることが、ほぼ大前提という方法なのだが、その分依頼料は安い設定となる。ようは使い分けだ。
また別の方法としては商人ギルドで行商人に頼むといった方法もある。
この場合、出す相手がその街や村に居ることが分かっている必要がある。冒険者と違って行商人は商売のついでに行くわけだから、手紙を出したい相手が僻地や魔境などに居る場合はそもそも商売に行く理由がないので頼むことが出来ないわけだ。
金額的な順番で上げると、ギルドで魔道具を使った方法、冒険者への依頼、商人への依頼といった順番だ。
ただし信頼度という話になると、ギルドで魔道具を使った方法以外の2つはどちらが上ということは断言が出来ない。どちらも受けた人物しだいで変わってくるからだ。
もちろんどちらもギルドを通して依頼するので失敗すればその人物の評価が下がることになるのだが、受ける相手がそういった依頼を初めてやる相手だったりするとそういった前情報も無かったりするので、もう最悪は届かないことを前提にするぐらいの気持ちで出すしかなかったりする。
ダンも一族が居る場所に3か月とか半年に1回は手紙で近況報告を出すのだが、場所的に魔境と呼んで差し支えもない場所なので冒険者ギルドに依頼を出している。それも複数。
しかし実際に届いているのは半数以下だろうなとも思っているのだが。
うっかり手紙の話題を考えてしまったが、ギルドに立ち寄った理由の話だ。
以前にも話したがダンジョンが1つ無くなった場合に周辺環境などの変化が周りに被害を出さないか、そういったダンジョンに関する事柄は冒険者ギルドがおおよそ把握している。
こういった情報は国への報告もするため、虚偽の申請などは互いにとって何の益もない話となってしまうのだ。
ゆえにダンジョンの発見や消滅は冒険者に課せられた義務となっている。
これは未発見のダンジョンで利益を貪ろうとして単独のパーティーあるいはソロの冒険者が探索中そのダンジョン内で何らかの事故や最悪死亡すると、そのダンジョンの存在が伝わらず、ダンジョンの質によっては内部の魔物の数が許容値を越えてダンジョン外に出てきて、魔物行進を引き起こす可能性があるためだ。
まあとはいえそこは人が絡んでくる話なので、「本当にダンジョンなのか調べてみないといけない」とか「報告する際に嘘はつけないからある程度調べてからじゃないと」とか言って事前調査の名目でダンジョンに潜っていく冒険者が大半なのだが。
冒険者ギルドとして冒険者に言っているのは「ダンジョンらしきものを発見したらギルドにその位置を報告して、それから内部の調査をするように」と言っている。
つまり発見に#関しては__・__#、『ダンジョンらしきもの』と言えば嘘だとは思わないのだ。
それが長年発見されていなかったものなのか、最近発生したものなのかは重要ではない。そこにダンジョンがあるという情報が重要なのだ。
そして今回ダンがしたものはダンジョンの『消滅』である。
本来ならば少なくともダンジョンが無くなっていることを確認するまでは、その報告をした冒険者は報告をした冒険者ギルドがある街を離れることを禁じられる。これはもし虚偽報告をした場合、その冒険者に処罰を与えるための規定だ。
ならばなぜダンが救出依頼とはいえ街から出ることが出来たのか?
これはダンが冒険者カードを実に気軽な感じでギルドへ預けたことが一因である。
冒険者資格の剥奪にはその冒険者の冒険者カードを取り上げて、ギルド内で共有している情報に登録することで手続きは完了する。そうするとその元冒険者は、たとえ別の街のギルドで再度冒険者登録をしようとしても、各ギルド間で情報共有がされているので登録が拒否されることとなるのだ。
まあ王国内や協定を結んだ周辺諸国の冒険者ギルドだけが使っている情報網なので、それ以外の他国で冒険者(冒険者というかは分からないが)につくことは可能だろうが。
「でもいいんですか? 僕は普通に行動していても?」
ダンはハドソンに確認するように聞いた。
ハドソンに確認したこととは、現在『狂王の塔』調査に赴いている冒険者パーティーが戻ってきていなくても、ダン達の行をの制限しないという話であった。
「ええ何の問題もありません。その冒険者カードもお持ちいただいて結構です」
「その、変に気を使ってもらわなくてもいいんですよ?」
ダンはこの会話の前に「王都に向かう」という発言をしている。それをハドソンも聞いていたので、気を使ってくれたのではと思ったのだ。申し訳なさそうにするダンを見て、ハドソンは「そうではありませんよ」と言う。
「もちろん普通の冒険者にはこういった判断をすることはありません。ですがそれはダンさんだからこうした、という訳でもなくてですね。なにかあったとしても所在が確認できるからなんですよ」
ハドソンの話としては、普通の冒険者は基本拠点とする場所を持っておらず行方をくらまそうと思えばどこにでも行けてしまうことに対して、ダンは王国軍の第3軍団長という明確に分かっている所属と地位もあることから、あとでコンタクトを取ることが確実にできる人物であることが理由として挙げられた。
それを聞いてダンは再度申し訳ない気持ちが浮かんでくる。
元々本人が聞いても居ないうちに決まっていた事で、ダンとしても事情を把握するまでは大っぴらに使うつもりではない『肩書』だったのだが、こうも疑いもせずそれを信じてくれる人物を騙すような形になって申し訳なさが出てくる。
とりあえず報告が終わったのでダンは獣人姉妹と共にギルドを出る。
これは王都に戻った時に大団長へしっかりと確認をしなければ。と決意を新たに固めた辺りで宿へと到着。仲間達に声を掛けて、昼食を兼ねて宿の食堂へと集まってもらった。
「今後の予定ですけども、『塔』の様子を見に行ってくれた冒険者のパーティーが戻ってこなくても街で待機していなくてよいという話になりましたので、準備が出来しだい王都へ向かおうと思います」
ダンの言葉に何人かは「王都かぁ」と目を輝かせていた。
クロフォード王国に住んでいるとはいえ、一生の内に王都を見る機会がある者というのはそう多くはない。特に辺境に住む村人は、生まれてから死ぬまで同じ村で生きる者の方が多いくらいだ。
ダンも初めて一族の元を離れて王都に着いた時には「立派な外壁だなぁ」と感心したくらいだ。そういった感動に期待する気持ちはダンも良く分かる。
それはそうとしてと、ダンは相席をしてもらった獣人姉妹と生存者達を見る。
「申し訳ないんですが、王都で何かが起きているようなので僕達は王都に行きます。それで皆さんにはしばらくこの宿で待っていていただきたいんですけども」
「待つのはいいけど、宿代は無料じゃないだろ? それはどうするんだい?」
イチカの疑問はもっともなのでダンはそれに答える。
「もちろん。先ほど宿へと話をして、とりあえず半年分の宿代を払っておきました」
サラリと言うダンに、全員がキョトンとした顔になる。
その中から代表してイチカがダンへと問いかけた。
「……半年?」
「ええ、食事代込みで」
「この宿に?」
「ああ、お湯なんかのサービスも含めての代金でしたから、頼んでくれて構いませんよ?」
ブルブルと体を震わせる獣人姉妹。どうしたのかとダンが不思議がっているとガバリと体を浮き上がらせて叫んだ。
「「「一体いくらしたんだ!?」」」
「あ~、白金貨をちょっと積みました」
指をテーブルの上で動かす。
「は、白金貨って……、しかもちょっとした量じゃないだろソレ?」
『ちょっと』というか言葉で表現すれば『こんもり』だ。
「あとは……イチカさん、フッコさん、ミカさんの3人にお願いしたいのは、この5人に簡単で構いませんので冒険者の手ほどきをしてほしいんですけど。頼めますかね?」
「ん? どういうことだい?」
ダンの言葉に獣人姉妹は揃って首を傾げる。
「『冒険者になれ!』っていう訳じゃないんですけど、とりあえずやれることを増やせば選択できることも増えるかな? と思いまして。もちろん別の事がやりたいと言うのであればある程度は援助しますけど」
「ああ違った。どうしてだい? 命を救ってくれたことにこっちが感謝しても不思議じゃないけど、助けた側が『その後』の心配までする必要はないはずだろ?」
「んん?……そういえば兵士時代ノリで決めちゃいましたね。ごめんなさい皆さん、若干パーティーの資金から支払ってしまいました」
イチカに指摘されてダンは慌てて仲間へと頭を下げる。
そんなダンへ仲間達は「いやいや」と全員が首を横へと振った。
「そもそもここにいる皆はダンさんに助け出された者達ですから。人助けが悪いことだとは言いませんよ」
「そうそう。それにパーティーの資金だってダンさんが居なけりゃ倒せなかった魔物とかの素材代もあるんだから気にしなくったっていいんじゃないか?」
皆ダンの決定に不満は持っていないようだ。
「しかし気になるのは、兵士時代のダンさんも同じように人助けをしていたってことですよね? いったい何人の人を助けたのかしら? 前にも助けられたと言っていた冒険者が居た様な?」
リルがふと思いついた疑問点を上げる。
問われたダンは腕組みをしてじっくりと思い返してみた。
「……。何人くらい助けたっけ? た、たぶん3桁は居なかったはずです」
自信が無さそうに言うダンだが、逆を言えば2桁は確実に居るという感じだ。
兵士歴5年。
実は第2軍でも長い方の軍歴を持つダンであった。
「ま、僕の事はいいです。それで受けて貰えます? この依頼。あ、個人的な依頼なので、別に途中でギルド依頼もしていただいて構いませんから」
個人的な依頼であればギルドのチェックも行われない。あとは依頼者と受諾者双方の信頼関係だけの話である。
ダンから見て、この獣人姉妹は信用出来そうな人柄だと判断されたという事だ。
「あ、ああ。私達もしばらくは目立ちたくないしな。その間に彼女たちの面倒を見るのは問題ないけど……」
イチカもダンが信頼してくれたということに気づいて、若干赤面しつつ肯定の意味で頷く。
「それは良かった! じゃコレ」
そう言うとダンはテーブルにゴスッと革袋を置いた。
スッと、ではないゴスッとだ。明らかに重たい音を立てた革袋。
まさか、という気持ちから震える指先で「そ、ソレは?」と聞いたイチカに、ダンは「必要経費です」とにこやかな顔をしてイチカの目の前に革袋をズイっと突き出した。
まだ震える指先で革袋の口を開けて中を覗き込んだイチカは、袋の中にわずかに差し込んだ光を反射する白金色を見て素早くギュっと袋の口を閉ざした。
「……え?」
「半年分入れました。まあ、僕の感覚では足りると思ったんですけど、もし必要であれば王都に連絡してください。話が届くようにしておきますので。お、食事が来ましたね」
茫然としているイチカを置いて、注文していた食事がテーブルに置かれると、それを手早く食べ終えたダン達はさっそく準備のために動き始めた。
後に残された獣人姉妹と生存者達はまだ食事が残っている。
「ねえ、イチねぇ? どうしたの?」
そんな中、未だに一口も食事を口にしていないイチカにミカが訊ねた。
「あ、ああ。大丈夫、大丈夫だ」
ミカの言葉に正気を取り戻したイチカが目の前の食事を物凄い勢いで食べ始めた。
『期待し信頼されたのは嬉しいけど、あんな大金持たせないでよぉ!』と胸中で思いながら。
なお時間を置いて冷静になった時に、『これ結果出せなかったら、私達どうなっちゃうんだろ?』とダンが見せた恐ろしさの片鱗を思い返して別の意味でも震えたイチカであった。
その話の一つは『狂王の塔』の調査についてである。
ダンがミカから受けた自分の姉妹の救出依頼を受けて街を出発した後、その2日後に別の冒険者パーティーが依頼を受けて調査へと向かったらしい。
ダンも話を聞き始めて「あ、そういえば」という顔を一瞬見せたが、元々ボッカの街の冒険者ギルドへ立ち寄った理由の一つである。
冒険者としての到着報告。これは義務ではないが、冒険者という職業自体がほぼ全員根無し草といっても過言ではないので、もし特定の冒険者に連絡を取りたい時に所在不明という事態にならないためにしておくほうがよいという理由から行うものである。
ダンもそういった何かがあった際に、伝言や手紙などが受け取れるように冒険者ギルドへ報告をしている。ちなみにダンがニアラの街から王都宛で送った手紙というのは、出したその日のうちに王都に届いている。
これはニアラの街のギルドでダンが書いた文面を読み、それをギルド間連絡用魔道具を使って口頭で伝え、王都のギルド側で再度紙に文面を起こして、王都の軍へと届けられる。といった流れである。
こういった手間暇や魔道具を起動させるための魔力などを考えると、やはり金貨1枚の値段相応だなとダンは考えた。
ちなみに書いた手紙をそのまま届けるという場合もある。その場合は依頼として出されて、冒険者が直に手紙を持って移動するといった方法となる。
この場合、手紙の紛失や道中のトラブルによる冒険者自体の失踪、また届け先の相手が居なかったなど手紙が届かないというパターンがいくつか考えられる。なので大体手紙を出す相手が長期に渡ってそこに居ることが、ほぼ大前提という方法なのだが、その分依頼料は安い設定となる。ようは使い分けだ。
また別の方法としては商人ギルドで行商人に頼むといった方法もある。
この場合、出す相手がその街や村に居ることが分かっている必要がある。冒険者と違って行商人は商売のついでに行くわけだから、手紙を出したい相手が僻地や魔境などに居る場合はそもそも商売に行く理由がないので頼むことが出来ないわけだ。
金額的な順番で上げると、ギルドで魔道具を使った方法、冒険者への依頼、商人への依頼といった順番だ。
ただし信頼度という話になると、ギルドで魔道具を使った方法以外の2つはどちらが上ということは断言が出来ない。どちらも受けた人物しだいで変わってくるからだ。
もちろんどちらもギルドを通して依頼するので失敗すればその人物の評価が下がることになるのだが、受ける相手がそういった依頼を初めてやる相手だったりするとそういった前情報も無かったりするので、もう最悪は届かないことを前提にするぐらいの気持ちで出すしかなかったりする。
ダンも一族が居る場所に3か月とか半年に1回は手紙で近況報告を出すのだが、場所的に魔境と呼んで差し支えもない場所なので冒険者ギルドに依頼を出している。それも複数。
しかし実際に届いているのは半数以下だろうなとも思っているのだが。
うっかり手紙の話題を考えてしまったが、ギルドに立ち寄った理由の話だ。
以前にも話したがダンジョンが1つ無くなった場合に周辺環境などの変化が周りに被害を出さないか、そういったダンジョンに関する事柄は冒険者ギルドがおおよそ把握している。
こういった情報は国への報告もするため、虚偽の申請などは互いにとって何の益もない話となってしまうのだ。
ゆえにダンジョンの発見や消滅は冒険者に課せられた義務となっている。
これは未発見のダンジョンで利益を貪ろうとして単独のパーティーあるいはソロの冒険者が探索中そのダンジョン内で何らかの事故や最悪死亡すると、そのダンジョンの存在が伝わらず、ダンジョンの質によっては内部の魔物の数が許容値を越えてダンジョン外に出てきて、魔物行進を引き起こす可能性があるためだ。
まあとはいえそこは人が絡んでくる話なので、「本当にダンジョンなのか調べてみないといけない」とか「報告する際に嘘はつけないからある程度調べてからじゃないと」とか言って事前調査の名目でダンジョンに潜っていく冒険者が大半なのだが。
冒険者ギルドとして冒険者に言っているのは「ダンジョンらしきものを発見したらギルドにその位置を報告して、それから内部の調査をするように」と言っている。
つまり発見に#関しては__・__#、『ダンジョンらしきもの』と言えば嘘だとは思わないのだ。
それが長年発見されていなかったものなのか、最近発生したものなのかは重要ではない。そこにダンジョンがあるという情報が重要なのだ。
そして今回ダンがしたものはダンジョンの『消滅』である。
本来ならば少なくともダンジョンが無くなっていることを確認するまでは、その報告をした冒険者は報告をした冒険者ギルドがある街を離れることを禁じられる。これはもし虚偽報告をした場合、その冒険者に処罰を与えるための規定だ。
ならばなぜダンが救出依頼とはいえ街から出ることが出来たのか?
これはダンが冒険者カードを実に気軽な感じでギルドへ預けたことが一因である。
冒険者資格の剥奪にはその冒険者の冒険者カードを取り上げて、ギルド内で共有している情報に登録することで手続きは完了する。そうするとその元冒険者は、たとえ別の街のギルドで再度冒険者登録をしようとしても、各ギルド間で情報共有がされているので登録が拒否されることとなるのだ。
まあ王国内や協定を結んだ周辺諸国の冒険者ギルドだけが使っている情報網なので、それ以外の他国で冒険者(冒険者というかは分からないが)につくことは可能だろうが。
「でもいいんですか? 僕は普通に行動していても?」
ダンはハドソンに確認するように聞いた。
ハドソンに確認したこととは、現在『狂王の塔』調査に赴いている冒険者パーティーが戻ってきていなくても、ダン達の行をの制限しないという話であった。
「ええ何の問題もありません。その冒険者カードもお持ちいただいて結構です」
「その、変に気を使ってもらわなくてもいいんですよ?」
ダンはこの会話の前に「王都に向かう」という発言をしている。それをハドソンも聞いていたので、気を使ってくれたのではと思ったのだ。申し訳なさそうにするダンを見て、ハドソンは「そうではありませんよ」と言う。
「もちろん普通の冒険者にはこういった判断をすることはありません。ですがそれはダンさんだからこうした、という訳でもなくてですね。なにかあったとしても所在が確認できるからなんですよ」
ハドソンの話としては、普通の冒険者は基本拠点とする場所を持っておらず行方をくらまそうと思えばどこにでも行けてしまうことに対して、ダンは王国軍の第3軍団長という明確に分かっている所属と地位もあることから、あとでコンタクトを取ることが確実にできる人物であることが理由として挙げられた。
それを聞いてダンは再度申し訳ない気持ちが浮かんでくる。
元々本人が聞いても居ないうちに決まっていた事で、ダンとしても事情を把握するまでは大っぴらに使うつもりではない『肩書』だったのだが、こうも疑いもせずそれを信じてくれる人物を騙すような形になって申し訳なさが出てくる。
とりあえず報告が終わったのでダンは獣人姉妹と共にギルドを出る。
これは王都に戻った時に大団長へしっかりと確認をしなければ。と決意を新たに固めた辺りで宿へと到着。仲間達に声を掛けて、昼食を兼ねて宿の食堂へと集まってもらった。
「今後の予定ですけども、『塔』の様子を見に行ってくれた冒険者のパーティーが戻ってこなくても街で待機していなくてよいという話になりましたので、準備が出来しだい王都へ向かおうと思います」
ダンの言葉に何人かは「王都かぁ」と目を輝かせていた。
クロフォード王国に住んでいるとはいえ、一生の内に王都を見る機会がある者というのはそう多くはない。特に辺境に住む村人は、生まれてから死ぬまで同じ村で生きる者の方が多いくらいだ。
ダンも初めて一族の元を離れて王都に着いた時には「立派な外壁だなぁ」と感心したくらいだ。そういった感動に期待する気持ちはダンも良く分かる。
それはそうとしてと、ダンは相席をしてもらった獣人姉妹と生存者達を見る。
「申し訳ないんですが、王都で何かが起きているようなので僕達は王都に行きます。それで皆さんにはしばらくこの宿で待っていていただきたいんですけども」
「待つのはいいけど、宿代は無料じゃないだろ? それはどうするんだい?」
イチカの疑問はもっともなのでダンはそれに答える。
「もちろん。先ほど宿へと話をして、とりあえず半年分の宿代を払っておきました」
サラリと言うダンに、全員がキョトンとした顔になる。
その中から代表してイチカがダンへと問いかけた。
「……半年?」
「ええ、食事代込みで」
「この宿に?」
「ああ、お湯なんかのサービスも含めての代金でしたから、頼んでくれて構いませんよ?」
ブルブルと体を震わせる獣人姉妹。どうしたのかとダンが不思議がっているとガバリと体を浮き上がらせて叫んだ。
「「「一体いくらしたんだ!?」」」
「あ~、白金貨をちょっと積みました」
指をテーブルの上で動かす。
「は、白金貨って……、しかもちょっとした量じゃないだろソレ?」
『ちょっと』というか言葉で表現すれば『こんもり』だ。
「あとは……イチカさん、フッコさん、ミカさんの3人にお願いしたいのは、この5人に簡単で構いませんので冒険者の手ほどきをしてほしいんですけど。頼めますかね?」
「ん? どういうことだい?」
ダンの言葉に獣人姉妹は揃って首を傾げる。
「『冒険者になれ!』っていう訳じゃないんですけど、とりあえずやれることを増やせば選択できることも増えるかな? と思いまして。もちろん別の事がやりたいと言うのであればある程度は援助しますけど」
「ああ違った。どうしてだい? 命を救ってくれたことにこっちが感謝しても不思議じゃないけど、助けた側が『その後』の心配までする必要はないはずだろ?」
「んん?……そういえば兵士時代ノリで決めちゃいましたね。ごめんなさい皆さん、若干パーティーの資金から支払ってしまいました」
イチカに指摘されてダンは慌てて仲間へと頭を下げる。
そんなダンへ仲間達は「いやいや」と全員が首を横へと振った。
「そもそもここにいる皆はダンさんに助け出された者達ですから。人助けが悪いことだとは言いませんよ」
「そうそう。それにパーティーの資金だってダンさんが居なけりゃ倒せなかった魔物とかの素材代もあるんだから気にしなくったっていいんじゃないか?」
皆ダンの決定に不満は持っていないようだ。
「しかし気になるのは、兵士時代のダンさんも同じように人助けをしていたってことですよね? いったい何人の人を助けたのかしら? 前にも助けられたと言っていた冒険者が居た様な?」
リルがふと思いついた疑問点を上げる。
問われたダンは腕組みをしてじっくりと思い返してみた。
「……。何人くらい助けたっけ? た、たぶん3桁は居なかったはずです」
自信が無さそうに言うダンだが、逆を言えば2桁は確実に居るという感じだ。
兵士歴5年。
実は第2軍でも長い方の軍歴を持つダンであった。
「ま、僕の事はいいです。それで受けて貰えます? この依頼。あ、個人的な依頼なので、別に途中でギルド依頼もしていただいて構いませんから」
個人的な依頼であればギルドのチェックも行われない。あとは依頼者と受諾者双方の信頼関係だけの話である。
ダンから見て、この獣人姉妹は信用出来そうな人柄だと判断されたという事だ。
「あ、ああ。私達もしばらくは目立ちたくないしな。その間に彼女たちの面倒を見るのは問題ないけど……」
イチカもダンが信頼してくれたということに気づいて、若干赤面しつつ肯定の意味で頷く。
「それは良かった! じゃコレ」
そう言うとダンはテーブルにゴスッと革袋を置いた。
スッと、ではないゴスッとだ。明らかに重たい音を立てた革袋。
まさか、という気持ちから震える指先で「そ、ソレは?」と聞いたイチカに、ダンは「必要経費です」とにこやかな顔をしてイチカの目の前に革袋をズイっと突き出した。
まだ震える指先で革袋の口を開けて中を覗き込んだイチカは、袋の中にわずかに差し込んだ光を反射する白金色を見て素早くギュっと袋の口を閉ざした。
「……え?」
「半年分入れました。まあ、僕の感覚では足りると思ったんですけど、もし必要であれば王都に連絡してください。話が届くようにしておきますので。お、食事が来ましたね」
茫然としているイチカを置いて、注文していた食事がテーブルに置かれると、それを手早く食べ終えたダン達はさっそく準備のために動き始めた。
後に残された獣人姉妹と生存者達はまだ食事が残っている。
「ねえ、イチねぇ? どうしたの?」
そんな中、未だに一口も食事を口にしていないイチカにミカが訊ねた。
「あ、ああ。大丈夫、大丈夫だ」
ミカの言葉に正気を取り戻したイチカが目の前の食事を物凄い勢いで食べ始めた。
『期待し信頼されたのは嬉しいけど、あんな大金持たせないでよぉ!』と胸中で思いながら。
なお時間を置いて冷静になった時に、『これ結果出せなかったら、私達どうなっちゃうんだろ?』とダンが見せた恐ろしさの片鱗を思い返して別の意味でも震えたイチカであった。
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