福音

アイリス

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魔王として生を受けた。だから人間の視点で物事を考えるのはおかしな話だ。普通ならば。



然しながら、普通では無かった。前世の記憶というものを持ち、なんとその前世は人であった。




故に、前世の記憶に引っ張られてどうしても人間に対して過度な感情移入してしまう。



(だから、今、窮地に陥っているのだけど)



人間に味方する魔王など要らないとなり、反乱が起きた。魔王としての力を存分に発揮すれば殲滅など容易い。だが、前世の記憶に引き摺られるから故に殺生に対しても、過度な恐怖を抱いている。



人や生き物を殺めることは悪いこと。現世で魔族たちは息を吸うように人間は勿論、弱い同族、配下を処分する。



だが自分には出来ない。



対抗するということは、殺してしまうこと。



なんの心構えもなく、いきなり他者を殺める場面になり、どれだけの者が実行できるだろうか。元々、その気質があれば可能かもしれないし、生きたいという意思があれば防衛の為と割り切り、ことに至るかもしれない。



でも、自分には生きたいという思いも無かった。ただ早く魔王という役割から解放されたいと願った。



(ここに来てどれくらい時間が経ったのだろう......)



端から数えていないが、随分と経つ。解放もされずただ搾取される日々。



殺されず利用され、奪われ。しかし、自ら死を選ぶ事も出来ず、無為に日々を過ごす毎日。



終わりの見えない地獄のよう。だから、前世の記憶に出てくる、魔王を倒す勇者という存在を待ち望んだ。



統制を失った魔族たちは好き勝手過ごすはず。



それを見兼ねた神が勇者を授ける。



歴史上、人が死に過ぎれば勇者は生まれていた。だから、きっと今回も。



待っていれば、生まれるはずだ。魔王を凌ぐ力を持った勇者という存在が。



(私は待っていればいい、この場所で。終わりが来るその時を......)




そうしたら、終わりは向こうから来るのだから。そう思った。すぐに終われるのだろうと、唇に笑みをのせた。














神は、人間を見捨てたのだろうか。


いくら待っても、勇者は現れない。



(なんで、どうして)



外では夥しい地獄が繰り広げられているのだろう。悲痛な叫びと、怨嗟。絶え間なく響く爆発音に錆びた鉄の臭いが、嫌でも現実だと突き付ける。



人なのか、同族なのかわからないけれど、日々何かが失われていく。



魔族たちは、魔王を要らぬとしながら処分しなかった。否、出来なかった。



それからは、魔王という存在を利用すると共に嫌がらせのように地獄絵図を繰り広げることに重きを置くようになった。人間や弱き魔族や魔物を嬲り、殺す。



見えないけど、視えるから、目を閉じても無駄だった。頭の中で映画のように繰り返し繰り返し、繰り広げられる残酷な場面に、段々と心が壊れていくのがわかった。



(なんで、私は生きているんだろう......私は、魔王という役割から解放されたかっただけなのに。どうして、神さまは勇者を作らない?私を殺せる唯一。私を救ってくれる者......)




生き物は日々死んでいっているのに。まだ足りないというのだろうか。



それとも、魔王が手を出さねば意味がないというのだろうか。



(なら、私のこの時間も葛藤も。何もかも、無駄だったということね)



更に絶望の上塗りにしかならないだろう。でも証明する術は、自分にしかない。



(もう待つのにも疲れた......)



魔王は、覚悟を決めた。生物を屠ることを。自分が魔王という存在であると認めることを。













拘束されていた枷を引きちぎり、囚われていた部屋から壁を打ち破り外に出る。


久しぶりの外の空気だった。



眼前に広がる景色は、気持ちのよいものではなかったけれども、新鮮な空気は清々しい気分にさせ、新たな決意を後押しするような感覚を与える。



この行動が間違っていないと、認められたような気がした。



魔王は笑みを浮かべて、力を放った。














魔王が放った力は殺戮を繰り広げていた魔族を跡形もなく消し去った。凄まじい魔力の放出と、魔族たちの消滅に辺りは騒然とする。誰もが何が起こったのかわからない様子だった。



だが、やがて魔王が現れたのだと嫌でも認識した。



黒く艶やかな長い髪に、血のように赤い瞳。人のような姿をしながら、人ではないと決定付けるような美貌。禍々しいまでに身体から溢れる魔力は視認できる程に濃厚で。




「あとどれ位、死ねばいいのかな......?」



笑みを浮かべる表情はこの上なく美しく、声も人を惑わせるような甘さを含ませるのに、紡がれる言葉は恐ろしく残忍だった。



「早く、産まれないかな~」



待っているから、こうやって邪魔をする者を倒しながら。



恋する乙女のように頬を赤く染め、魔王は呟く。



「待ってるからね、勇者さま」






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