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しおりを挟むあっさりと香月の選択を了承し、見送る。
(詳しく説明してから送り出してくれる!?)
そのまま放り出されそうな勢いに香月は必死にくらいつき、引き止めた。何も言わなければ異世界に連れていかれる、そんな雰囲気だったのだ。
その世界がどんなところで、香月がどんな立ち位置で、言葉は通じるのか。何もわからないまま連れていかれるのはあんまりではないか。
そんな思いを込めて彼女を睨むように見上げるが、効果は得られない。むしろ悦んでいる。明らかに逆効果だった。
似たような人間は周りに沢山いたので対処法は心得ているが、神相手に大丈夫なのか躊躇われる。
「香月と話せるなんて、夢のようだわ......あぁ、いつもやってたみたいにしてくれてもいいのよ」
期待を込めたような目に、香月はうんざりする。
ため息をつき、首を横に振る。香月の仕草で意味を察した彼女は残念そうにしながらも続きを話そうと口を開く。
話そうとする意思は見受けられるのに、言葉を紡がない。
(怒るよ?って、期待に満ちた目をしない!どこの世界に神を殴る人間がいると!?私がするとでも!?)
香月は叫びながら、この女神は変態である、と認識する。何を考えているのかわからないが、殴ってほしいなど危ない性癖を持っているに違いない。
(それより、異世界について詳しく説明を!)
「そんな残念なものを見る目をしなくてもいいんじゃない?香月にしか言わないわよ」
(そういう問題じゃないでしょう)
香月はため息をつきたいのを堪え、先を促す。
「香月に行ってもらう世界はファースナルド。とても大きな世界よ。この世界にはないもので溢れているわ」
彼女の説明をしっかり聞くつもりだった。自分から話してほしいと頼んだのだ。けれど、無理だった。
次々に入れ替わる人の中に、家族の姿があった。
今まで育ててくれた両親、過剰な愛で守ってきてくれた兄と姉。全員、慟哭と評していい体でその場に崩れ落ちた。
香月はそれを目の当たりにして、初めて実感した。自らの死というものを。
今まではどこか実感がなかった。いや、あったが、漠然としすぎていた。だが嘆き悲しむ家族を目にして、自分はもうあの場には戻れないのだと、強く印象づけられた。あれが現実で、二度と手に入らぬ日常なんだと。
香月の異変を見落とすはずもなく、彼女は腕を伸ばし腕に抱く。
香月は彼女の腕の中で涙を流しながら、更に悲しさが募る。彼女の腕があまりにも温かく、血の通った体温を感じるのに自らの肉体は死んでいる、その事実に。
どうにもならない事故だと言っていた。阻止しようとしたとも。
恨むのは筋違い、お門違いだと理解している。分かっている。でも、とまらない。どうして助けてくれなかった。今の自分の姿、性格、全てを愛しているのなら何に代えても助けてくれればよかったのに、と。
それすらお見通しだといわんばかりに、腕の力が増す。
大丈夫だというように、優しく包まれる。
「香月、貴女が大切にしてるものすべてを奪う運命に絶望する?」
彼女は香月を痛ましげに見下ろしながら問う。
(絶望......確かに、私は運命を恨めしく思う。でも、貴女ががくれたチャンス、楽しみたい。だから異世界について、教えて)
異世界ファースナルド。
十六の国々から成る世界。種族は主に四つに分かれており、それぞれ細分化されている。主に人間、魔族、妖精族、獣人。それぞれの種族には頂点に立つ者が存在する。
人間の国はローズナイド帝国皇帝が十三の国々を属国にしており、絶対的な支配下に置いている。それは数千年前から続いており、今尚衰えることは無い。これからも覆ることはないとのこと。
女神である彼女がそう云うのだ、それは紛れもない事実なんだろう。
ローズナイド帝国は女神ーーリローズを主神としており、崇め、奉っている。建国当初かららしく遥か昔からである。
「香月の周りになかったものばかりでしょう?」
香月はリローズの言葉に頷く。確かに魔族、妖精族、獣人という種族は存在せず、未知なる生き物である。
「それにね、ここには魔法が存在するのよ!」
「魔法!」
香月は一瞬喜びそうになったが、自分が使えるのかどうか分からないため素直に喜んでいいのか微妙な気分になった。
「その、魔法って私でも使えるの?」
「もちろん、使えるわ。今の身体を構成する前から素質はあったし、この世界に馴染む為に付けた加護も魔力の底上げに役立っているし、大抵の魔法は想像すれば使えると思うわ」
香月はリローズの言葉を聞いて喜ぶと同時に、想像すれば使える魔法に懸念を抱く。
(想像すれば使えるって、相当凄い事なんじゃ......)
そう、この世界でもありえないことではないのかと。
リローズは女神で、人間という種に対する見解が甘いというか、出来ていないような気がしなくもない。
「どうしたの、香月?」
「想像すれば使えるのって、不味くない?」
「何が不味いの?」
さっぱり理解できない、という表情をリローズは浮かべる。香月が心配しているのが馬鹿馬鹿しい程に。
「普通の人はどうやって魔法を使うの?」
「呪文を唱えて、魔力を消費して魔法を構築するわね」
「そんな中で、無詠唱で魔法使えるってなったら大問題じゃない!?」
「大丈夫、魔法は有事の際に使えるように。念の為に、使える身体にしただけ」
リローズの答えに香月は目を瞬かせる。
「はい?どういうこと?」
「言葉のままよ。普段は使わなくてもいいような環境にいるんだもの」
香月は益々意味がわからず、リローズの言葉に困惑する。
「あの、意味が分からないんだけれど......」
「ねぇ、香月。わたくしは言ったはずよ。この世界で幸せに、と。その言葉は嘘ではないの」
「それは、わかってる」
リローズが香月を愛し、この世界で幸せになれるよう思っていると。そうなる為に惜しむことはないと。そう考えていることはわかっている。
更にリローズは香月の考えを上回る言葉を口にする。
「香月。貴女は幸せになるの、ここで。この世界のことなど何も考えず、配慮などせず、ただひたすら愛されていればいい。わたくしに、人間に、魔族に、妖精族に、獣人にね。恐れるものなど、何もない。ここは壊れない程度に頑丈な世界だもの。大抵のことには耐えうる」
香月は見通しが甘かったのかもしれない。
そう考えてしまう位にリローズの愛は重く、深いようだった。
ここは香月の為の世界だと口にする。香月が幸せになる為に、選ばれた世界だと。
香月の選択は、正しかったのか。それは香月自身にもわからなかった。
いきなり神になるか、この世界に旅立つか。
どちらも、突拍子もない選択肢だったのだから。
(これから、どうなるんだろう......)
リローズは幸せにと言うけれど。香月は波乱万丈な生活が待っているような気がしてならなかった。
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