神々の愛し子

アイリス

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「言葉のままだよ?フロウティアは教皇の位から降りたんだ」



「ちょっと待って、昨日まで教皇だったよね!?」



「そうだね」



「一体いつ、ううん、待って、そんな簡単に代替わりするもの?」




ヴィレムはあっけらかんとしているが、香月の常識というか前の世界での知識とを合わせて考えると有り得ない、の一言に尽きる。




教会の頭が代わる、それは一大イベントといえるはず。こんな密やかに、すんなりと終わるものだろうか。




「急遽決まったことだからね。でも今頃は各場所へ通達され、教皇がフロウティアからシュリクロンへ変わった事が周知されているはず」



「シュリクロンが教皇!?」



ヴィレムはびっくり箱のように次から次へと新たな情報を香月へもたらす。そしてその情報は香月が驚くような事実ばかりである。




「そんな驚くこと?」



ヴィレムが香月の驚きように逆に驚き不思議そうにする。




「いや、驚くよ!フロウティアが教皇じゃなくなった事も、シュリクロンが教皇になったのも」



シュリクロンは教皇最有力候補と聞いたばかりだから、可能性としては高いのは理解できる。しかし、それを知ったのは昨日だ。



(いや、本当に情報過多すぎる!)



そして物事の展開が驚くように早い。




「フロウティアが代替わりしたのは、私の為?」



「うーん、そうとも言えるし、別の理由も絡んでいるかな」



ヴィレムの言葉に安心していいのか、微妙なところである。



「でも、知らない人よりフロウティアのほうが安心でしょう?」



「それは、もちろん」



香月は素直に頷いた。香月とヴィレムの旅にフロウティアが加われれば、間違いなく安全で安心できる旅路となるだろう。



そして、最も信頼している人達と観光を楽しめるのだ、香月が喜ばないはずがなかった。



「なら、カツキはただ楽しむことを考えればいいよ」




「うん、ありがとう。じゃあ、まずは──」



香月が明日からの旅に思いを馳せ、ヴィレムと相談しようとした。その時。



嫌な予感がした。予感というものは、嫌な程よく当たる。




「カツキ!!」



『香月』



はっきりと名前を呼ばれ、予感は確信へと変わる。



声は、ヴィレムの声と同時だった。



ヴィレムは素早く香月の肩へ乗る。




それは、突然、香月の部屋の中へ現れた。



目の前の突然、現れた巨体。その姿は忘れたくとも忘れられない。



シュリクロンの父親であり、数時間前まで伯爵だった男。



だが、声は聞いたものとは異なる。だから姿を目にするまでは分からなかった。



(なぜ、この男が私の部屋に......)



彼が解放されるには早すぎる。



そもそも刑が執行されれば、こんな風に平然としていられるはずがない。ならば、脱獄してきたことになる。



だが、脱獄してきたならもっと騒ぎになっているはず。そう思うが、状況がそれを否定する。しかし、普通に逃げてきたにしては様子がおかしい。



そして、改めて姿を目にする。



「っ......」



声にならない悲鳴が、堪え切れず口からこぼれる。香月は自らの手で口を塞ぐ。



香月は明るい部屋の中で、彼の左目のあった場所を重点的に見てしまった。見ないようにしていても気になってしまい、結局、視界に入ってしまう。



真っ暗な空洞で、まだ血が流れ、乾ききっていない。



いくら香月が自分の自分の体が機能しなくなった様を目にしたことがあるといっても、あれは一枚壁を隔てての出来事に過ぎなかった。こうやって間近に血の臭いを漂わせて、尚且つ、傷口も詳細が確認できるほど近くにいなかった。




あまりにも生々しく、香月は目を逸らす。




「カツキ、大丈夫?」



「う、うん......」



なんとかヴィレムに返事をするも、実は大丈夫じゃない。鉄の香りだけでもけっこう香月には辛い。臭いから先程の光景をつい連想してしまう。




香月は早くなる鼓動を落ち着かせるべく深呼吸をする。




『この男の見た目が嫌なのかな?』



男はそう呟くと同時に姿を変える。



先程と打って変わって、恐ろしく美しい人間がその場にいた。




ヴィレムはやはり、というような雰囲気の声で、目の前の者の名前を口にする。



「ドゥーム様......」



ヴィレムの呟きを拾い上げ、香月は彼を凝視する。



彼は、ドゥームは、とても美しい男性の姿をしていた。



暗闇で見た時は詳しくわからなかったし、容姿を確認する暇など無かったけれど、光ある場所で目にした限り、とても麗しい姿をしている。



香月が無言で感嘆するほどに。香月も散々、神に愛された、人形のように美しいと褒め讃えられてきたが、所詮、人。神と比べるのは烏滸がましい。



肌は程よく白く、傷一つない。長い艶やかな髪は銀色で、ところどころに蒼が混じる。長い睫毛に隠れる瞳は金色。月のように輝き、見る者を魅了するような妖しい光を灯す。



リローズと同じく、神々は一度見れば忘れられない。強烈に、そして色濃く香月の記憶に焼きつける。



『この姿ならば、怖がるところは何も無い』



「姿を変えたからといって、カツキが警戒を解くはずがないでしょう。首を絞めたと伺いましたよ、ドゥーム様」



ヴィレムが棘のある言い方でドゥームに言った。





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