上 下
7 / 12

第6話

しおりを挟む
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

年明けこそ鬼笑う ―東寺合戦始末記― ~足利尊氏、その最後の戦い~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 南北朝時代、南朝の宰相、そして軍師ともいうべき、准后(じゅごう)・北畠親房、死す。 その兇報と共に、親房の臨終の言葉として、まことしやかに「その一言」が伝わってきた。 「年明けこそ鬼笑う」――と。 親房の最期の言葉は何を意味するのか―― 楠木正成、新田義貞、高師直、足利直義といった英傑たちが死し、時代は次世代へと向かう最中、ひとり生き残った足利尊氏は、北畠親房の最期の機略に、どう対するのか。 【登場人物】 北畠親房:南朝の宰相にして軍師。故人。 足利尊氏:北朝の征夷大将軍、足利幕府初代将軍。 足利義詮:尊氏の三男、北朝・足利幕府二代将軍。長兄夭折、次兄が庶子のため、嫡子となる。 足利基氏:尊氏の四男、北朝・初代関東公方。通称・鎌倉公方だが、防衛のため入間川に陣を構える。 足利直冬:尊氏の次男。庶子のため、尊氏の弟・直義の養子となる。南朝に与し、京へ攻め入る。 楠木正儀:楠木正成の三男、南朝の軍事指導者。直冬に連動して、京へ攻め入る。 【表紙画像】 「きまぐれアフター」様より

トノサマニンジャ

原口源太郎
歴史・時代
外様大名でありながら名門といわれる美濃赤吹二万石の三代目藩主、永野兼成は一部の家来からうつけの殿様とか寝ぼけ殿と呼ばれていた。江戸家老はじめ江戸屋敷の家臣たちは、江戸城で殿様が何か粗相をしでかしはしないかと気をもむ毎日であった。しかしその殿様にはごく少数の者しか知らない別の顔があった。

ワルシャワ蜂起に身を投じた唯一の日本人。わずかな記録しか残らず、彼の存在はほとんど知られてはいない。

上郷 葵
歴史・時代
ワルシャワ蜂起に参加した日本人がいたことをご存知だろうか。 これは、歴史に埋もれ、わずかな記録しか残っていない一人の日本人の話である。 1944年、ドイツ占領下のフランス、パリ。 平凡な一人の日本人青年が、戦争という大きな時代の波に呑み込まれていく。 彼はただ、この曇り空の時代が静かに終わることだけを待ち望むような男だった。 しかし、愛国心あふれる者たちとの交流を深めるうちに、自身の隠れていた部分に気づき始める。 斜に構えた皮肉屋でしかなかったはずの男が、スウェーデン、ポーランド、ソ連、シベリアでの流転や苦難の中でも祖国日本を目指し、長い旅を生き抜こうとする。

雨よ降れ 備中高松城の戦い

Tempp
歴史・時代
ー浮世をば今こそ渡れ武士の 名を高松の苔に残して 1581年、秀吉軍は備中七城のうちの六城を平定し、残すは清水宗治が守る備中高松城だけとなっていた。 備中高松城は雨によって守られ、雨によって滅びた。 全5話。『恒久の月』書籍化記念、発売日まで1日1作短編公開キャンペーン中。5/29の更新。

相模にくだりて

鈴木 了馬
歴史・時代
 平安時代の女流歌人、「相模」を知っているだろうか。  百人一首にも選歌されるほどの、一流歌人であるが、その一生は謎だらけである。  その彼女が相模国に下向した折に詠作し、走湯権現に奉納したとされる百首歌群がいかになったか。  「相模」に返歌を贈った、「権現」は何者であったか。  研究者たちの推論はさまざまである。  夫であった相模守「大江公資」であった。いや、恋仲の、藤原定頼ではなかったか、などなど。  筆者はここに、新しい人物を比定し、物語を編んだ。  そうすることで、相模国での、歌人「相模」の生活ぶりを、少しでも浮かび上がらせたかった。

霜降に紅く

小曽根 委論(おぞね いろん)
歴史・時代
常陸国に仕える仲田家の次男坊宗兵衛は、殺された父親の仇を探す放浪の旅に出ていた。ある日宗兵衛は、仇討ちを恐れる者が多数逃げ込むと言われている、その名も『仇討山』の存在を知り、足を運ぶ。そこで出会った虚無僧・宮浦から情報を聞き出そうとする宗兵衛。果たして彼は宿敵を討ち果たすことが出来るのか。

斬壺(きりつぼ)

木下望太郎
歴史・時代
 秘太刀“斬壺(きりつぼ)”。  その技を以て、老剣客はかつて岩を斬り、壺を斬った――割ることも砕くこともなく、真二つに――。 ただしそれができたのは、若き日のたった二度だけ。  そして今。辛苦の末に流派を継いだ彼が対峙するのは、剣才そのもののような少年。それはまるで、老剣客の積み上げたもの全てを嘲笑うかのような存在。  もし、奴を斬ることができる技があるなら――それは一つ、“斬壺”。  凡人対天才。  今、その戦いが始まり、そして終わる――。

東洲斎写楽の懊悩

橋本洋一
歴史・時代
時は寛政五年。長崎奉行に呼ばれ出島までやってきた江戸の版元、蔦屋重三郎は囚われの身の異国人、シャーロック・カーライルと出会う。奉行からシャーロックを江戸で世話をするように脅されて、渋々従う重三郎。その道中、シャーロックは非凡な絵の才能を明らかにしていく。そして江戸の手前、箱根の関所で詮議を受けることになった彼ら。シャーロックの名を訊ねられ、咄嗟に出たのは『写楽』という名だった――江戸を熱狂した写楽の絵。描かれた理由とは? そして金髪碧眼の写楽が江戸にやってきた目的とは?

処理中です...