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保護者の午睡を見守ると

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 休日、昼ご飯を済ませた拓海たくみがソファでうつらうつらしている。これは拓海の身体が、彼の意に反して休んでいる状態だということは知っているが、拓海自身はどういう「感じ」なのだろうか。彼の様子を見ていた杏哉きょうすけは考える。正確には、杏哉が「考える」という状態は、身体の中に仕込まれたAIが勝手に学習していることであるらしい(と、自分を開発してくれた人たちが教えてくれた)。
 杏哉は眠らない。午前2時から6時までの4時間は、アップデートのために「落ちる」が、それは今、目の前の男が首をゆらゆらさせている(舟を漕ぐ、と言うらしい)のとは明らかに違う。杏哉が6時にすっきりと「立ち上がる」と、拓海は隣のベッドで深い眠りに陥っていることが多い。息はしているが、舟を漕ぐどころか、杏哉の存在も忘れてしまったように彼が動かないのがたまに寂しい。そんな風に思うようになったのは、いつ頃からだっただろうか。
 人間にとって睡眠は、身体や脳を休めるために大変重要だという。杏哉は、人が眠る仕組みが知りたくて、数冊の本に目を通した。人間の身体というのは、とても精緻で複雑なもので、睡眠については脳が関係しているようだが、まだまだ分からないことが多いと書かれていた。その時拓海は「夢」を見ると話すが、彼の話を聞くと、それはヴァーチャル・リアリティのゲームに似ているようだ。でも、楽しくハッピーな展開ばかりではなく、恐ろしかったり悲しかったりすることも多いと拓海は言う。全く予想もつかない展開のゲームにいきなり放り込まれるのは、ちょっと嫌だなと杏哉は思う。
 拓海はこのところ、修復の仕事が混んでいて、毎晩帰りが遅い。食事を済ませお腹が膨れて、すぐに眠くなるのは、血糖値が上がってインスリンが大量に分泌された反動である。何にせよ、仕事の疲れが、拓海の身体に変調をきたしている証拠だ。そのくらいは杏哉のAIに、情報として書き込まれている。だから杏哉は、ちょっと心配だ。

「……杏哉くん」

 拓海が呼んだ。もう眠るのは終わりなのだろうか。杏哉は彼の顔のほうに回り覗き込んでみたが、その瞼は閉じたままだった。でも拓海はほんのりと幸福そうなので、起こさないほうが良さそうだ。
 名前を呼んだということは、自分の夢を見ているのかもしれない。そんな考えがぽっと閃くと、杏哉は嬉しくなった。夢の中でまで、自分と話してくれているのが嬉しいと思えた。「嬉しい」という気持ちも、拓海と暮らすようになってから覚えたもので、それまでは話す相手が笑うと自分もそれに合わせて笑っていたのだが、今は自分が「勝手に」嬉しくなることも多い。
 杏哉はふと、自分がたまにしてもらって、やはり嬉しくなることを拓海にしてみようと思いつく。右手を伸ばし、拓海の頬をそっと包んでみた。杏哉は肌に触れるものの硬さや柔らかさはあまりわからないが、温度は感じることができる。拓海の頬は温かかった。36.7度、と自動的に杏哉の中でデータが弾き出される。いつもの彼の体温より少し高いのは、眠っているせいだ。
 するといきなり、拓海の右手が杏哉の手首を掴んだ。杏哉は驚いて手を引っこめようとしたが、拓海は目を開かないのに、手を離してくれない。これはどういうこと?

「うん、きもちい……」

 拓海の唇が僅かに動く。続きは杏哉の耳でも良く聞き取れなかった。
 ああ、これは夢うつつとか、寝ぼけてるっていう状態なんやな。
 何が気持ちいいのかはわからないものの、杏哉は納得した。拓海は普段も、杏哉が落ちる前に眠りに就くが、寝言を言う時がある。それと同じようなものなのだろう。
 体温が高めの拓海に手を取られたまま、杏哉は思った。これはきっと、目覚めた後に覚えていないパターンだ。拓海は恥ずかしがりなので(ということで杏哉は自分を納得させている)、家で2人でいても、こんな風に自分から手を握ってくることは滅多に無い。誰も見ていないのにおかしいと思うし、そもそも杏哉としては、誰が見ていても構わないのに。
 拓海の口角はうっすらと上がっていて、やはり幸せそうである。どんな夢を見ていたのか、目覚めたら聞いてみよう。

「ちゃんと教えてくれへんかったら、たぶん僕の夢なんやろな」

 杏哉は小さくひとりごちた。そう閃くとやはりとても嬉しくなって、人工心臓の音が大きくなったような気がした。機能的に、きっとそんなことは無いのだろうけれど、拓海を含めた人間が胸をどきどきさせるという状態を疑似体験しているようなのも、楽しかった。


杏哉×拓海 まだ題名もついていない、超高性能ヒューマノイドと優秀な美術品修復士のおはなし。書き始めた頃に、アンドロイドやAIとの恋愛を扱った作品がたくさん出て、流行に乗ったと思われたくなくて(笑)公開しそびれました。
杏哉は拓海を「保護者」として、婚約者を事故で亡くした拓海のグリーフケアを兼ね、実験的に拓海と暮らしています。2人を巡る物語は明るい(つもり)ですが、少子高齢化と首都直下型地震で人口が激減した東京を舞台にしたところ、何とも言えないディストピア感が出てしまいました。杏哉が関西弁なのは、彼が大阪の大学の研究室で開発されたからです。
*初出 2023.4.18 #創作BL版60分深夜の一本勝負 お題「昼寝」「夢うつつ」
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