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夏のインタビュー

7月末 秋葉原のクリニックにて②

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「ご無沙汰しています、順調そうで何よりです」

 暁斗は院長に、やや営業マンモードで言った。一応会社には、「清潔部抗菌課」を使ってくれている診療所や事務所を、ちらっと見てくると報告してあった。
 豊かな栗色の髪をまとめた神崎は、にっこり笑う。

「おかげ様で、ちょっとディレット・マルティールのほうが、これまでみたいに手が回らない状態です」

 神崎は今も、かなり規模を縮小しているが、ディレット・マルティールの運営を任されていた。このデリヘルは、風俗業で稼ぐことが主目的ではなく、元々はマイノリティを支援するNPOの発案で、マイノリティの心理的安定の手段のひとつとしてつくられたものだった。そのため、超党派の政治家や社会学系の学者が、創設メンバーや初期の運営メンバーに加わっており、今でも支援する政治家や経営者が多いのだ。

「あ、奏人が奥で夕飯の用意をしてくれていますから、そちらへどうぞ」
「えっ、ここで食事をするんですか?」
「はい、食事は初めてですけれど、スタッフとケーキを持ち込んでお茶をしますよ……すぐに私も参ります」

 神崎が診察室に通じる扉を開けるので、暁斗は驚きながらもそこへ入った。一番奥の扉がカウンセリングルームだということは、暁斗も知っている。
 木の引き戸を開けると、奏人がテーブルの上に、甲斐甲斐しく食べ物を並べていた。暁斗の記憶にも残るその明るい部屋は、白と茶色を基調としたインテリアでまとめられていて、個別のカウンセリングには少し広過ぎるという印象を受ける。しかしこうして何人かが集まるには、心地良い雰囲気だった。

「暁斗さんお疲れさま、出前を頼むって綾乃さん言ったんだけど、僕がデパ地下でいろいろ選んできたよ」
「そうだったのか、そちらこそお疲れさま」

 暁斗もプラスチックのコップや紙皿を開けたが、よく考えたら3人なので、そんなに出さなくてもいい。
 神崎が仕事を終えたらしく、カウンセリングルームにやってきたので、すぐに缶ビールで乾杯した。

「こんな場所で申し訳ありません、外で食事をして周りに聞かれたくない話題もあるものですから」

 神崎の言葉に、自分の直感も捨てたものではないと暁斗は思う。そもそも神崎綾乃は、自分の持つパイプを駆使して、ディレット・マルティールと会員たちを、秘密のヴェールに包みながら実質独りで守ってきた人だ。暁斗と奏人がわざわざ呼ばれているということは、彼女が自分たちに助けを求めているといったようなことではなく、彼女の情報網のどこかに、2人の名が挙がっているのに違いなかった。
 喫緊に対応しなくてはならないことではないらしく、奏人が選んだ惣菜で、ゆっくりと歓談した。暁斗が2つの会社の中で「清潔部抗菌課長」と呼ばれ始めたという話に、神崎は笑った。

「でもいいと思いますよ、お医者さんの間でも落ち着いたデザインだし、また感染症も流行ってきていますから、抗菌効果はあったほうが良いって……そういう商品のイメージでしょう?」
「そうおっしゃっていただけるならいいんですけど」

 暁斗が応じるのを聞いて、奏人は小さく笑った。

「2つの会社の人が同じように言うなら、暁斗さんはそういう印象なんだろうね」

 クラブサンドウィッチやオリーブの実の入ったサラダを摘みながら、近況報告をした。神崎は2人が一緒に暮らし始めて、立派に「夫夫」らしくなりつつあるのを聞き、楽しそうだった。
 和やかに歓談は続いていたが、一段落ついたころ本題に入った。

「嫌な話を思い出させることになるんですけれど、今朝とある議員さんから、ディレット・マルティールをつくったNPOを通じて、私に連絡がありました」

 いよいよ来たかと、暁斗は気持ちを整える。そして神崎の話は、本当に今更と思わせるものだったが、当時振り回された暁斗と奏人にとっては、昔の話だとスルーしてしまって良いものではなかった。
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