370 / 386
夏のインタビュー
7月末 秋葉原のクリニックにて②
しおりを挟む
「ご無沙汰しています、順調そうで何よりです」
暁斗は院長に、やや営業マンモードで言った。一応会社には、「清潔部抗菌課」を使ってくれている診療所や事務所を、ちらっと見てくると報告してあった。
豊かな栗色の髪をまとめた神崎は、にっこり笑う。
「おかげ様で、ちょっとディレット・マルティールのほうが、これまでみたいに手が回らない状態です」
神崎は今も、かなり規模を縮小しているが、ディレット・マルティールの運営を任されていた。このデリヘルは、風俗業で稼ぐことが主目的ではなく、元々はマイノリティを支援するNPOの発案で、マイノリティの心理的安定の手段のひとつとしてつくられたものだった。そのため、超党派の政治家や社会学系の学者が、創設メンバーや初期の運営メンバーに加わっており、今でも支援する政治家や経営者が多いのだ。
「あ、奏人が奥で夕飯の用意をしてくれていますから、そちらへどうぞ」
「えっ、ここで食事をするんですか?」
「はい、食事は初めてですけれど、スタッフとケーキを持ち込んでお茶をしますよ……すぐに私も参ります」
神崎が診察室に通じる扉を開けるので、暁斗は驚きながらもそこへ入った。一番奥の扉がカウンセリングルームだということは、暁斗も知っている。
木の引き戸を開けると、奏人がテーブルの上に、甲斐甲斐しく食べ物を並べていた。暁斗の記憶にも残るその明るい部屋は、白と茶色を基調としたインテリアでまとめられていて、個別のカウンセリングには少し広過ぎるという印象を受ける。しかしこうして何人かが集まるには、心地良い雰囲気だった。
「暁斗さんお疲れさま、出前を頼むって綾乃さん言ったんだけど、僕がデパ地下でいろいろ選んできたよ」
「そうだったのか、そちらこそお疲れさま」
暁斗もプラスチックのコップや紙皿を開けたが、よく考えたら3人なので、そんなに出さなくてもいい。
神崎が仕事を終えたらしく、カウンセリングルームにやってきたので、すぐに缶ビールで乾杯した。
「こんな場所で申し訳ありません、外で食事をして周りに聞かれたくない話題もあるものですから」
神崎の言葉に、自分の直感も捨てたものではないと暁斗は思う。そもそも神崎綾乃は、自分の持つパイプを駆使して、ディレット・マルティールと会員たちを、秘密のヴェールに包みながら実質独りで守ってきた人だ。暁斗と奏人がわざわざ呼ばれているということは、彼女が自分たちに助けを求めているといったようなことではなく、彼女の情報網のどこかに、2人の名が挙がっているのに違いなかった。
喫緊に対応しなくてはならないことではないらしく、奏人が選んだ惣菜で、ゆっくりと歓談した。暁斗が2つの会社の中で「清潔部抗菌課長」と呼ばれ始めたという話に、神崎は笑った。
「でもいいと思いますよ、お医者さんの間でも落ち着いたデザインだし、また感染症も流行ってきていますから、抗菌効果はあったほうが良いって……そういう商品のイメージでしょう?」
「そうおっしゃっていただけるならいいんですけど」
暁斗が応じるのを聞いて、奏人は小さく笑った。
「2つの会社の人が同じように言うなら、暁斗さんはそういう印象なんだろうね」
クラブサンドウィッチやオリーブの実の入ったサラダを摘みながら、近況報告をした。神崎は2人が一緒に暮らし始めて、立派に「夫夫」らしくなりつつあるのを聞き、楽しそうだった。
和やかに歓談は続いていたが、一段落ついたころ本題に入った。
「嫌な話を思い出させることになるんですけれど、今朝とある議員さんから、ディレット・マルティールをつくったNPOを通じて、私に連絡がありました」
いよいよ来たかと、暁斗は気持ちを整える。そして神崎の話は、本当に今更と思わせるものだったが、当時振り回された暁斗と奏人にとっては、昔の話だとスルーしてしまって良いものではなかった。
暁斗は院長に、やや営業マンモードで言った。一応会社には、「清潔部抗菌課」を使ってくれている診療所や事務所を、ちらっと見てくると報告してあった。
豊かな栗色の髪をまとめた神崎は、にっこり笑う。
「おかげ様で、ちょっとディレット・マルティールのほうが、これまでみたいに手が回らない状態です」
神崎は今も、かなり規模を縮小しているが、ディレット・マルティールの運営を任されていた。このデリヘルは、風俗業で稼ぐことが主目的ではなく、元々はマイノリティを支援するNPOの発案で、マイノリティの心理的安定の手段のひとつとしてつくられたものだった。そのため、超党派の政治家や社会学系の学者が、創設メンバーや初期の運営メンバーに加わっており、今でも支援する政治家や経営者が多いのだ。
「あ、奏人が奥で夕飯の用意をしてくれていますから、そちらへどうぞ」
「えっ、ここで食事をするんですか?」
「はい、食事は初めてですけれど、スタッフとケーキを持ち込んでお茶をしますよ……すぐに私も参ります」
神崎が診察室に通じる扉を開けるので、暁斗は驚きながらもそこへ入った。一番奥の扉がカウンセリングルームだということは、暁斗も知っている。
木の引き戸を開けると、奏人がテーブルの上に、甲斐甲斐しく食べ物を並べていた。暁斗の記憶にも残るその明るい部屋は、白と茶色を基調としたインテリアでまとめられていて、個別のカウンセリングには少し広過ぎるという印象を受ける。しかしこうして何人かが集まるには、心地良い雰囲気だった。
「暁斗さんお疲れさま、出前を頼むって綾乃さん言ったんだけど、僕がデパ地下でいろいろ選んできたよ」
「そうだったのか、そちらこそお疲れさま」
暁斗もプラスチックのコップや紙皿を開けたが、よく考えたら3人なので、そんなに出さなくてもいい。
神崎が仕事を終えたらしく、カウンセリングルームにやってきたので、すぐに缶ビールで乾杯した。
「こんな場所で申し訳ありません、外で食事をして周りに聞かれたくない話題もあるものですから」
神崎の言葉に、自分の直感も捨てたものではないと暁斗は思う。そもそも神崎綾乃は、自分の持つパイプを駆使して、ディレット・マルティールと会員たちを、秘密のヴェールに包みながら実質独りで守ってきた人だ。暁斗と奏人がわざわざ呼ばれているということは、彼女が自分たちに助けを求めているといったようなことではなく、彼女の情報網のどこかに、2人の名が挙がっているのに違いなかった。
喫緊に対応しなくてはならないことではないらしく、奏人が選んだ惣菜で、ゆっくりと歓談した。暁斗が2つの会社の中で「清潔部抗菌課長」と呼ばれ始めたという話に、神崎は笑った。
「でもいいと思いますよ、お医者さんの間でも落ち着いたデザインだし、また感染症も流行ってきていますから、抗菌効果はあったほうが良いって……そういう商品のイメージでしょう?」
「そうおっしゃっていただけるならいいんですけど」
暁斗が応じるのを聞いて、奏人は小さく笑った。
「2つの会社の人が同じように言うなら、暁斗さんはそういう印象なんだろうね」
クラブサンドウィッチやオリーブの実の入ったサラダを摘みながら、近況報告をした。神崎は2人が一緒に暮らし始めて、立派に「夫夫」らしくなりつつあるのを聞き、楽しそうだった。
和やかに歓談は続いていたが、一段落ついたころ本題に入った。
「嫌な話を思い出させることになるんですけれど、今朝とある議員さんから、ディレット・マルティールをつくったNPOを通じて、私に連絡がありました」
いよいよ来たかと、暁斗は気持ちを整える。そして神崎の話は、本当に今更と思わせるものだったが、当時振り回された暁斗と奏人にとっては、昔の話だとスルーしてしまって良いものではなかった。
13
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
専業種夫
カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】保健室のケルベロス~Hで淫らなボクのセンセイ 【完結】
瀬能なつ
BL
名門男子校のクールでハンサムな保健医、末廣司には秘密があって……
可愛い男子生徒を罠にかけて保健室のベッドの上でHに乱れさせる、危ないセンセイの物語 (笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる