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夏のインタビュー

7月末 秋葉原のクリニックにて①

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 奏人のところに、彼のかつての副業の上司であり、心療内科の開業医である神崎かんざき綾乃あやのから連絡があったのは、月が変わる直前のとある朝だった。朝の準備にいつも余裕がある奏人が、洗面所で歯を磨いていた暁斗に声をかけてきた。

「暁斗さん、今夜時間ある? 綾乃さんからお呼び出しなんだけど」

 暁斗は口をすすぎながら、何か厄介ごとではないかと直感した。神崎綾乃は、奏人がかつて所属していた完全会員制ゲイ専用デリヘル、ディレット・マルティールの代表取締役だ。暁斗はほぼはずみでここの会員になり、奏人と出会った。
 奏人は神崎と、顧問だった男性に可愛がられていた大切なベテランスタッフだった。奏人が暁斗と一緒に生きていくと決めた時、暁斗は神崎から直接、奏人を頼むと言われている。また、暁斗は会社で、ゲイである社員からもいろいろな悩みを聞く立場で、神崎が心療内科医であることもあって、ごくたまにディレット・マルティールを、カウンセリングの手段として悩める子羊たちに紹介してきた。
 奏人は現在でも、姉のような存在である神崎と連絡を取り合っている。暁斗は今や神崎とはビジネスパートナーのようなものなのだが、彼女は暁斗には、プライベートでの連絡はしてこない。だから自分も一緒にと言われて、おそらく暢気な近況報告が目的ではないだろうと、暁斗は思ったのだった。
 タオルで口許を拭いながら、暁斗は傍に立つ奏人に、一応訊いてみる。

「何のお呼び出しかな」
「さあ……でも2人で来てほしそう」

 奏人は小首を傾げて言う。理由は特に聞かされていない雰囲気だった。

「僕は今日は残業になりそうな仕事は無いけど、暁斗さんどう?」
「俺も今日はたぶん何も無いと思う……どこに行くの?」
「秋葉原に来てほしいみたい」

 神崎の診療所は、JR秋葉原駅の近くの新しい医療ビルに入っている。彼女が雇われドクターとして長らく勤務した心療内科からも近く、患者に配慮した形だ。
 とりあえず19時には秋葉原に到着できるよう、段取りすることにした。神崎の仕事は18時には終わるらしく、奏人の平日の仕事は16時半が終業の定時なので、話す時間をきちんと取れるかどうかは暁斗次第である。
それでも昔と比べたら、残業は減ったほうだ。奏人と出逢った頃などは、22時まで働いていることもざらにあったし、それが当たり前だと思っていた。

「じゃあ19時って言っとく」

 そう言う奏人も、神崎のお呼び出しに嫌な予感でもしているのか、人と会う話をしている割にはにこやかではなかった。



 暁斗は余裕を持って約束の時間に移動できそうだったが、秋葉原の駅前ビルのレストランに集合するのではなく、神崎のクリニックに行くように、奏人から連絡を受けた。それで暁斗はますます、彼女が何やら難しい話を持ち込んできそうだという思いが強まった。
 駅から徒歩5分ほどの場所にある小さな医療ビルの3階に、神崎のメンタルクリニックがある。暁斗は開院前に、ここを数度訪れていた。エリカワとアステュートの「清潔部抗菌課」が導入されているからである。
 開業準備を本格的に進めていた神崎は、医療機器以外の事務機器の購入を、暁斗に依頼してきた。そこで暁斗が新商品を紹介したところ、据え付けのエアコンや空気清浄機などもシリーズで揃えることにしてくれたのだ。
 診察終了のプレートがかかっていたが、すりガラスの自動ドアは暁斗のためにすっと開いてくれた。中から暁斗に冷気が吹き寄せる。

「こんばんは、お呼び立てして本当に申し訳ありません」

 神崎綾乃は、サマーニットに軽やかなパンツ姿で、受付カウンターの中にいた。カルテの整理だろうか。クリーム色のカウンターやその内側に置かれている書棚は、エリカワで用意したものである。実は診療所で「清潔部抗菌課」が取り入れられるようになったのは、タイミング的にこのクリニックが皮切りだった。神崎も知り合いの開業医に薦めてくれたらしいが、それだけではこんなに販売が伸びないと思う。だからこのクリニックは、営業課や暁斗にとって、ある意味聖地なのである。
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