上 下
331 / 386
小さな春の嵐

その1 ⑤

しおりを挟む
 それが何故、山中を独りにしておくという判断になるのか、暁斗にはちょっとわからない。奏人がじゃあ、と前置きした。

「山中さんと一緒に行けばいいんじゃないの? ちょっと遠出のデートになるけど」
「でも穂積さん疲れちゃうし、僕の実家で気を遣わせるのも可哀想なんですよね」

 隆史はしょぼんとしてしまったが、暁斗は奏人と顔を見合わせて、互いに少し首を傾げた。よくわからないという意志疎通ができてしまう。
 お湯が沸いたチャイムが鳴ったので、歯ブラシと着替えを持ち、隆史は脱衣室に行った。彼にタオルを出してやった奏人は、リビングに来てやはり首を傾げる。

「何だか、山中さんにも話を聞いたほうがいいような気も……」

 それを聞いて、暁斗も苦笑する。

「あの子はちょっと気を回し過ぎるタイプだから、案外鈍い山中さんの考えもしないところで悩んでたりしそうだなぁ」

 暁斗はキッチンのテーブルに放置していたスマートフォンを取りに行く。そして、LINEで山中のトークルームを探した。彼とは滅多にLINEでやり取りしないので、画面をかなりスクロールしないと見つからなかった。

「明日企画と広報と合同会議があるから、午前中に顔合わせるんだけど」
「いいじゃん、社内でパートナーが家出中なんて話はしないほうがいいから」

 奏人の言う通りだ。ただとにかく、心配していたら可哀想なので、短文を送る。

「ここにいるけどもう寝たって伝えとく」
「もういい時間だから、山中さんも突っ込んでこないと思うよ」

 奏人に言われて時計を見ると、22時40分だった。よく考えると、暁斗は山中の生活サイクルというのか、プライベートの時間の使い方を全然知らない。残業の多い部署の人間で、かつては仕事が終わった後に、隆史や他のディレット・マルティールのスタッフと遊んでいた(山中は隆史を紹介されるまで、固定して指名するスタッフを持っていなかったらしい)のだから、夜は遅いほうなのではないかと思う。

「まあ奏人さんが風呂から上がって隆史くんがまだ起きてたら、それとなく話を聞いてみてよ……俺も明日、山中さんと話がしやすい」

 暁斗の言葉に、奏人は笑顔で敬礼して、了解、と答えた。そんな姿を見ると、可愛いなと思ってしまう暁斗である。こんな風に、山中も隆史のやることなすことを可愛いと思っているのか、それとも……。

「暁斗さんはお節介だね」
「言いながらいつも乗ってくるくせに」
「えっ、暁斗さんのがうつったかな」

 奏人も本当は、大概お節介なのだ。でなければ、幼稚園年長組の女の子の世話を焼いたり、高校時代の先輩のことをやたらと気にしたりしないだろう。
 暁斗のスマートフォンが震える。奏人も画面を覗きこんできた。

「悪い。何を怒ってるのかマジわからんで困ってるんだけど、そっちにいると聞いてひとまず安心しました。隆史のこと頼みます、おやすみ」

 さすがに今から迎えに行くとは言わなかったか。奏人にも画面を見せてやりながら、暁斗は笑った。仕事では隙の無い山中の、弱点を見た気がする。暁斗もおやすみなさいとだけ返事をして、トークルームを閉めた。
 暁斗は奏人と一緒に寝室に行って、たまに出動する客用の布団セットをクローゼットから出した。枕は隆史のためにベッドに置き、暁斗は自分の枕を抱く。

「このパターン初めてだね、お客さんがここで寝て暁斗さんがリビングに行くとか」

 掛け布団を収納袋から出しながら、奏人は楽し気に言った。修学旅行気分にでもなっている様子である。

「若者同士語らってくれ、枕投げもしたらいいんじゃないか?」
「そんな野蛮な遊びはしません」

 修学旅行で枕投げをしなかったのかと奏人に突っ込みたくなったが、先に隆史に確認しようと思った。奏人を論破するには、味方を増やすくらいしか、暁斗に勝ち目はないからである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

専業種夫

カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

【R18】保健室のケルベロス~Hで淫らなボクのセンセイ 【完結】

瀬能なつ
BL
名門男子校のクールでハンサムな保健医、末廣司には秘密があって…… 可愛い男子生徒を罠にかけて保健室のベッドの上でHに乱れさせる、危ないセンセイの物語 (笑)

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

処理中です...