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おとうさんってなにものなんだろうか
3月17日 14:10②
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片山の合図を受けて、奏人が軽やかにピアノを鳴らした。グランドピアノの前に居るだけで絵になる奏人だが、音も本物なので、杏菜は驚いたように彼を見る。
「『めだかのがっこうは、かわのなか』」
杏菜の視線が、柔らかく艶のある声で歌い始めた片山のほうに移った。
「『そっとのぞいて、みてごらん』」
片山は歌いながら額の上に手をかざし、離れた場所を覗きこむ真似をする。年末に大きなホールで、オーケストラと合唱を従えて歌っていた歌手と同一人物とは思えない面白味があるが、澄んだ流れの中に小さな魚を探していることが伝わってくる。杏菜が思わずといった風に、片山の目線を追っているのを見て、暁斗は感心した。
片山は杏菜の反応を確かめてから、口許に人差し指を立てて、音量を落とす。
「『そっとのぞいて、みてごらん』」
ピアノの伴奏が、歌に合わせてすっと小さくなった。杏菜はぴくっと背中を伸ばして、めだかを驚かせないように、ちょっと息を詰めて水面を見る姿勢になる。
奏人は半分笑いながらも、片山の動きや息継ぎを見ながら弾いていた。2人にとって小学生向けの唱歌はさして難しくはないのだろうが、こんなことまで練習していたのかと、暁斗は感心半分、呆れ半分になった。
「『みんなでおゆうぎしているよ』」
歌いながら片山は、上半身を左右に動かしながら、両腕を下に伸ばしてぱたぱたと振った。奏人の弾く間奏に合わせ、お遊戯するめだかに扮してちょこちょこと歩き回るバリトン歌手に、暁斗は笑いが我慢できなくなる。杏菜も、うふふ、と笑った。
「はい、杏菜さんも一緒に歌うよ~」
「えーっ!」
いきなり宣言した片山は声を上げる杏菜を立ち上がらせ、やや強引に巻き込み始めたが、杏菜は遠慮がちに彼の動きを見様見真似する。
「『だれがせいとか、せんせいか』」
めだかごっこは楽しいようで、杏菜はまんざらでもない表情だった。歌が3番まで進むと、曲を覚えたのだろう、片山と一緒に「めだかの学校は」と歌い始めた。
後奏が終わると、杏菜は片山の右に立ち、彼に合わせて観客の暁斗にお辞儀した。暁斗が奏人と惜しみなく拍手を送ると、杏菜は我に返ったかのように、暁斗のところに走ってくる。
「いやーん、何か恥ずかしい……」
立ち上がった暁斗が抱き止めると、杏菜は言った。可愛いが面白過ぎて、暁斗は奏人と爆笑してしまった。片山は、背中を暁斗に軽く叩かれる杏菜を褒める。
「杏菜さんはノリとリズム感が良くていいね、絵が上手と聞いたけど、歌やダンスも向いてそう」
さすがだなぁと暁斗は思った。手本を示しながら、普段誰かの前で歌ったり踊ったりなど、おそらくしないであろう杏菜を上手く乗せた。持ち上げられた杏菜は、暁斗に擦り寄りながら片山を振り返る。
「ほんとに?」
「うん、これから幼稚園でもいっぱい歌ってください、もし嫌なことがあっても大きな声で歌えばすっきりするからね」
片山の言葉に、奏人はピアノの椅子の上でからからと笑った。
「ちょっと片山先輩、何者感すごいんですけど」
「歌の伝道師だ、子どもがのびのびと歌うことができる社会は平和なんだぞ」
大真面目に返す片山がまた可笑しいのだが、最近は子どもが思いきりはしゃいだり走り回ったりしにくい場面も多いので、冗談ではないようだった。
「俺が教えてる私学の初等科は、教員2人で音楽の授業をするときがあるんですけど、引っ込み思案な低学年の子に歌わせるために、あんな風に俺が歌って踊ります」
「へぇ、すごいなぁ」
暁斗が感心したことを伝えると、片山はやや照れくさそうに言う。
「あ、別に捨て身で無理してやってる訳じゃないですよ……学生時代に文化祭でコスプレしてアニソンを歌ったり、女装して男女逆転オペラやったりしてたので、素です」
暁斗は、どちらかというと地味で真面目な印象の片山からそんな言葉を聞かされ、別種の驚きを覚えた。奏人がピアノの前でぶふっと笑う。
「それ、大学の声楽の先生がたに怒られないんですか?」
「うん、好きにしろと言いつつ、まあまあ白い目で見てた」
奏人は杏菜のほうを見て、諭すような口調になった。
「杏菜ちゃん、暁斗おじさんが小学生の頃にいたずらばかりしてたことは知ってるよね? それも良くないし、片山のおにいさんみたいに、大学生になってまで先生を困らせるのも良くないんだよ」
「えーっ……みんな不良だったんだね……」
杏菜の口から飛び出したパワーワードに、片山が爆笑した。奏人がたまに暁斗を野蛮扱いすることには慣れたが、杏菜にまで不良呼ばわりされて、暁斗はちょっと悲しかった。
「『めだかのがっこうは、かわのなか』」
杏菜の視線が、柔らかく艶のある声で歌い始めた片山のほうに移った。
「『そっとのぞいて、みてごらん』」
片山は歌いながら額の上に手をかざし、離れた場所を覗きこむ真似をする。年末に大きなホールで、オーケストラと合唱を従えて歌っていた歌手と同一人物とは思えない面白味があるが、澄んだ流れの中に小さな魚を探していることが伝わってくる。杏菜が思わずといった風に、片山の目線を追っているのを見て、暁斗は感心した。
片山は杏菜の反応を確かめてから、口許に人差し指を立てて、音量を落とす。
「『そっとのぞいて、みてごらん』」
ピアノの伴奏が、歌に合わせてすっと小さくなった。杏菜はぴくっと背中を伸ばして、めだかを驚かせないように、ちょっと息を詰めて水面を見る姿勢になる。
奏人は半分笑いながらも、片山の動きや息継ぎを見ながら弾いていた。2人にとって小学生向けの唱歌はさして難しくはないのだろうが、こんなことまで練習していたのかと、暁斗は感心半分、呆れ半分になった。
「『みんなでおゆうぎしているよ』」
歌いながら片山は、上半身を左右に動かしながら、両腕を下に伸ばしてぱたぱたと振った。奏人の弾く間奏に合わせ、お遊戯するめだかに扮してちょこちょこと歩き回るバリトン歌手に、暁斗は笑いが我慢できなくなる。杏菜も、うふふ、と笑った。
「はい、杏菜さんも一緒に歌うよ~」
「えーっ!」
いきなり宣言した片山は声を上げる杏菜を立ち上がらせ、やや強引に巻き込み始めたが、杏菜は遠慮がちに彼の動きを見様見真似する。
「『だれがせいとか、せんせいか』」
めだかごっこは楽しいようで、杏菜はまんざらでもない表情だった。歌が3番まで進むと、曲を覚えたのだろう、片山と一緒に「めだかの学校は」と歌い始めた。
後奏が終わると、杏菜は片山の右に立ち、彼に合わせて観客の暁斗にお辞儀した。暁斗が奏人と惜しみなく拍手を送ると、杏菜は我に返ったかのように、暁斗のところに走ってくる。
「いやーん、何か恥ずかしい……」
立ち上がった暁斗が抱き止めると、杏菜は言った。可愛いが面白過ぎて、暁斗は奏人と爆笑してしまった。片山は、背中を暁斗に軽く叩かれる杏菜を褒める。
「杏菜さんはノリとリズム感が良くていいね、絵が上手と聞いたけど、歌やダンスも向いてそう」
さすがだなぁと暁斗は思った。手本を示しながら、普段誰かの前で歌ったり踊ったりなど、おそらくしないであろう杏菜を上手く乗せた。持ち上げられた杏菜は、暁斗に擦り寄りながら片山を振り返る。
「ほんとに?」
「うん、これから幼稚園でもいっぱい歌ってください、もし嫌なことがあっても大きな声で歌えばすっきりするからね」
片山の言葉に、奏人はピアノの椅子の上でからからと笑った。
「ちょっと片山先輩、何者感すごいんですけど」
「歌の伝道師だ、子どもがのびのびと歌うことができる社会は平和なんだぞ」
大真面目に返す片山がまた可笑しいのだが、最近は子どもが思いきりはしゃいだり走り回ったりしにくい場面も多いので、冗談ではないようだった。
「俺が教えてる私学の初等科は、教員2人で音楽の授業をするときがあるんですけど、引っ込み思案な低学年の子に歌わせるために、あんな風に俺が歌って踊ります」
「へぇ、すごいなぁ」
暁斗が感心したことを伝えると、片山はやや照れくさそうに言う。
「あ、別に捨て身で無理してやってる訳じゃないですよ……学生時代に文化祭でコスプレしてアニソンを歌ったり、女装して男女逆転オペラやったりしてたので、素です」
暁斗は、どちらかというと地味で真面目な印象の片山からそんな言葉を聞かされ、別種の驚きを覚えた。奏人がピアノの前でぶふっと笑う。
「それ、大学の声楽の先生がたに怒られないんですか?」
「うん、好きにしろと言いつつ、まあまあ白い目で見てた」
奏人は杏菜のほうを見て、諭すような口調になった。
「杏菜ちゃん、暁斗おじさんが小学生の頃にいたずらばかりしてたことは知ってるよね? それも良くないし、片山のおにいさんみたいに、大学生になってまで先生を困らせるのも良くないんだよ」
「えーっ……みんな不良だったんだね……」
杏菜の口から飛び出したパワーワードに、片山が爆笑した。奏人がたまに暁斗を野蛮扱いすることには慣れたが、杏菜にまで不良呼ばわりされて、暁斗はちょっと悲しかった。
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