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おとうさんってなにものなんだろうか

2月18日 18:00①

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 施設の好意で、暁斗は2時間ほど、杏菜を車で連れ出した。駐車場のある大きな公園に向かい、カップルや家族連れがあまりいない静かな場所で、咲いたばかりの水仙を杏菜がスケッチするのを見守った。彼女はすこぶる上機嫌で、絵に集中するとやや暁斗の存在を失念している様子だった(暁斗は普段、奏人といてもこういったことになるので、それが不愉快とは感じなかった)が、傍目に見ても気持ちの切り替えになったのがわかったので、良い判断だったと思っている。

「そっか、杏菜ちゃんが描いたのは水仙と? 今日も植物ばっかりだった?」

 暁斗よりも少し早く家に戻っていた奏人は、暁斗の話を聞いて、絵の師匠らしく弟子の創作について訊いてきた。

「池で泳いていたカモを描こうとしたんだけど、飛んで行ってしまって」
「ああ、動いてる動物はまだ難しいかな? 施設の近所にいる寝てる犬は、うまく描けてたけどね」
「施設のチャペルを描いてみようかなって言ってたぞ」

 奏人は僅かに首を傾げた。建物を描くには、遠近法を使うなどパースを気にする必要があるので、いきなりは難しいかもしれないという。

「そういうの知らないで見たまま描けたら、たぶん天才」
「そうなのか……あの辺をもうちょっと知ってたら、絵になる建築物があるところに連れて行ってあげたんだけど」

 絵が一段落すると、杏菜はファミレスで何か飲むよりも、公園のベンチでジュースを飲むことを選んだ。飲食店は混雑していそうだったので、賢明な選択ではあったが、もしかすると杏菜は、楽し気に食事をする家族連れの姿を見たくなかったのかもしれないと暁斗は思う。
 杏菜と母親、それに父親と祖母との関係については、副施設長と岡が、児童相談所も交えて一度話し合ってみたいと言ってくれた。とは言え、奏人はやや心配そうな顔になる。

「どうするのが一番いいのかなぁ……杏菜ちゃんが高校生だったら、お父さんやおばあちゃんに会いたければ、お母さんの許可が無くても自由に会いに行けばいいってなるところだろうね」
「俺たちには意見する権利も無いから、なかなか歯痒いな」

 3月の上旬には何らかの形で報告をしたいと施設から言われ、暁斗はそれを承諾し杏菜と別れて帰ってきた。来月も来るかもしれないと帰り際に言うと、杏菜は喜んでいたので、一度きちんと外出許可を取って日帰り旅行のようなプランを立てるといいかもしれない。

「で、そっちは? 片山さん元気だった?」

 暁斗は気の良いバリトン歌手の顔を思い出しながら、言った。しばらく大きな仕事が無く、小中学生の卒業式の準備に集中していると、1月の彼からのLINEには書かれていた。
 奏人はうん、と笑顔になったが、すぐに長い睫毛を伏せた。引っかかった暁斗が、何かあったのか訊くと、奏人はすぐに苦笑した。

「いや……新郎のリクエスト曲をね、楽譜が無いから片山さんがお友達のピアニストと一緒に譜起こしをしたとか、歌の内容とか、何かいちいちモヤっちゃった」
「え? 奏人さんがモヤるような場面じゃない気がするけど……」

 暁斗がそう言うと、奏人は楽譜の入ったクリアファイルを差し出してきた。暁斗は楽譜を読めないので受け取るのをためらうと、まあ見てよ、と奏人は言う。

「間奏つきのフルコーラスで楽譜を起こすって、結構音楽長いし手間なんだよね……これは本来、リクエストした岡島……新郎が演奏のお礼とは別に、片山さんたちにお金を渡すべきで」

 岡島とは、昨年11月に奏人が片山と一緒に会った高校の同級生だ。写真を見ただけだが、明るく快活そうな男性だった。

「それははなから承知なんじゃないの?」
「いや、片山さんの態度見てたら微妙……でも準備で忙しいだろうから、お金出してやれよなんて、岡島に今言いにくいんだよね」

 なるほど、お金が人間関係をいともたやすく壊すことをよく知る奏人らしい。気苦労が絶えないなと、暁斗は連れ合いに同情する。

「もし当日に謝礼が無いようなら、式が終わってからでもいいんじゃないか?」
「うん、岡島がちゃんと考えてると信じたいところ……片山さんとは言わなくてもわかるような絆があるかもしれないし」

 淡々と話す奏人だが、そこにちょっぴり寂しさのようなものが混じったのを、暁斗は聞き逃さなかった。かつて奏人は片山や岡島との関係を、高校2年の夏に札幌から帯広の実家に戻った時、そして東京の大学に行くと決めた時に切っているのだ。

「奏人さん、ifで気を揉むのはよくないよ……で、どんな曲なんだ」

 暁斗は楽譜を開き、おたまじゃくしは無視して歌詞に目を通す。何だかしんみりとした内容で、花嫁の父親が結婚式に、複雑な思いを抱きながら出席していることはわかった。
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