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拝啓、北の国から

12月28日 18:30②

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 合唱は全員で「最後の日」の光景を歌う。

世界が灰となる、ダビデとシビラの予言の通りにソルベット・セクルム・イン・ファビラ、テステ・ダヴィド・クム・シビラ

 怒りのテーマが繰り返されたあと、不気味な合唱の囁きで曲が静まると、舞台で響くトランペットに応じるように、斜め後ろから同じ音が聴こえてきた。バックヤードか客席にラッパを配置するのが、この曲あるあるだと奏人から聞いていたので暁斗はあまり驚かなかったが、1階席の人たちの何人かは、2階席の上手と下手に3人ずつ立つプレイヤーを見上げていた。
 トランペットの音はだんだん大きくなり、やがて全ての金管楽器を交えてホール一杯に響き渡る。本当にキリスト教の最後の審判がこんな風に始まるなら、美しいがやはり恐ろしいだろうと暁斗は思った。さっきから腕に鳥肌が立ちっぱなしだ。
 ラッパをなぞるような合唱が大音量を響かせてから切れると、残響の中で片山が音も無く立ち上がる。審判に答えるために甦る人々を見て、死と自然は驚くだろうと、その様子を目の前にする語り手のように歌った。低音が拭えない恐れを引きずる。よくわからないなりに、上手いなあと暁斗は感じた。
 そこからは奏人から聞いていた通り、ソリストたちの見せ場が増える。美しい重唱や、アリアのような独唱の中に、合唱が「怒りの日」をちらつかせながら曲が進んだ。
 テノールとバスのソロが続く部分は、塚山と片山の歌手としての魅力が存分に感じられたように、少なくとも暁斗には思えた。河島いわく、レクイエムは死者を悼むのと同じくらい、今生きる人が天国に行けるように願う文言が多い。救いを懇願するような塚山の歌や、諦めを孕みつつも真摯に祈るような片山の歌は、過剰にドラマチックではあるが、典礼文の内容に合っていることがわかった。
 最後はソプラノソロが先導し、涙溢れる日に、死者と自分たちへの慈悲を神に祈る歌が始まった。ゆったりと哀しみがたゆたう中、ソプラノが天から降る光のように歌い、他のソリストと合唱が波のように押し寄せ、それをフルオーケストラが包みこむ。
 バスが死者への安息を祈ると合唱がそれに唱和し、全員でのアーメンで曲が締めくくられた。後奏の神々しい和音が消えると、ホールはしんと静まる。指揮者がゆっくり腕を下ろし、客席のほうを向いた。
 通常この曲は途中で切らないためか、戸惑う空気感が客席に一瞬流れたが、すぐに拍手が起きた。2000人の手が送り出す高い音は、あっという間に轟音になった。
 指揮者と4人のソリストが、同時に深々と頭を下げた。拍手が止まらないので、指揮者は合唱に一礼するように促す。学生たちが頭を下げると、ひときわ大きな拍手が湧き起こる。

「凄いね、ホールの響きのせいもあるだろうけど、アマチュアの学生の合唱とは思えないよ……ソリストも素敵だし」

 手を叩きながら、奏人はこそっと言った。彼の向こうに座る女性は、ハンカチで目頭を押さえている。

「やっぱりいい演奏なのかな」
「たぶん予想の上をいってるんじゃない? このお客さんの盛り上がり方を見ても」

 2人で話しているとオーケストラも立ち上がり、ソリストと指揮者が再度一礼した。にこにこしている片山と満足げな表情の塚山に、暁斗も大きな拍手を送る。
 4人のソリストを筆頭に、演者たちが袖に入り始めると、舞台の照明が落ちて客席が明るくなった。30分の休憩がアナウンスされる。暁斗は音の洪水の余韻に軽い眩暈を覚えつつ立ち上がって、人の流れに乗り奏人とゆっくりホールの外に向かった。後ろの席の3人組は、小声ではあるが興奮冷めやらぬ様子でくっちゃべっていた。

「何かもうソリスト席に三喜雄が居るだけで尊いわ、泣きそう」
「つかあいつ、あんないい低い声出るんじゃん、学部時代サボってたな」
「ドイツで低音の神から啓示を受けたのかも」
「それどんな神だよ」
「え、3回生のテストの前だったかな? 低音の神様願いを叶えて~、とか三喜雄が歌ってたの知らない?」

 暁斗は笑いを堪えるのに、下腹に力を入れた。片山の友人たちの噂話は続く。

「知らん、ロマンスの神様に祈らないから結婚できないんだよ」
「低音の神様の寵愛を受けたから結婚は無理なんじゃね?」

 3人はくすくす笑い、前を歩く奏人も密かに笑いを堪えているのがわかった。学生時代の片山の立ち位置が透けて見えた。彼はなかなか人気者だったようだ。
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