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拝啓、北の国から

12月28日 18:30①

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 弦楽器の音が悲しげに響き、合唱が囁くように歌う。

主よ、彼らに永遠の安息を与えたまえレクイエム・エテルナム・ドナ・エイス・ドミネ

 若い合唱団だが、深みのあるハーモニーが天井から降ってくる。暁斗は大きなホールで大編成の曲を聴くことで、視覚や聴覚以外の感覚まで揺さぶられるような気がした。襟足が軽く逆立つような感じがする。

そして絶えざる光で彼らを照らしたまわんことをエト・ルクス・ペルペトゥア・ルーチェ・アト・エイス

 プレイヤーの姿がまんべんなく見える席というのは、忙しいものだ。ソリストはまだ座ったままなので視界から外すとして、弓を動かす弦楽器奏者も合唱団の集中した様子も興味深く、視線を固定できない。
 オーケストラが静まり、無伴奏で合唱が膨らむ。指揮者の振る棒だけを頼りに、これだけの人数がタイミングと音程を合わせられるものなのかと、暁斗は感心した。
 暁斗は大学のゼミが一緒だった友人で、現在牧師になるために勉強中の河島かわしまから、鎮魂曲とは何なのかをざっくり教えてもらっていた。彼が籍を置くのは日本聖公会で、プロテスタントにあたるが、カトリックと同じ文言を使い礼拝をする。「レクイエム」の歌詞はカトリックの典礼文、つまりラテン語だが、これを和訳したものを、彼の教会では葬送の礼拝の時に使うという。

「あれだな、ミサとかレクイエムは、ありとあらゆる時代と国で音楽がつけられた、世界で最も人気のある歌詞と言えるかも」

 授業で教会音楽も学ぶらしい河島は、クラシックの合唱曲を良く知っていた。

「ラテン語のレクイエムで有名なのは、モーツァルト、ヴェルディ、フォーレで、ミュージカルのロイド・ウェーバーも作ってるよ」

 河島の説明に、暁斗は感心して、へぇ、を連発していた。

「作曲者の母国も時代も皆違うから、聴き比べると面白いし、合唱やってる人はコンプリートしたがるんだ……ヴェルディはね、オペラをたくさん作ってる作曲家だから」

 舞台上では最初のメロディが戻ってきて、合唱が盛り上がった時に、4人のソリストが楽譜を手に立ち上がった。聴衆が彼らに注目する。河島の言葉を暁斗は思い出していた。

「とにかく派手だ、最初の曲で合唱もガンガン来るし、ソリストの出だしなんか何が始まるのって感じ」

 テノールの塚山が身体に息を入れたのがわかった。合唱が切れた途端に曲が長調に変わって、彼の華やかな声がホールを貫く。その響きはその場にいる者全てを一瞬で魅了した。

主よ、憐れみたまえキリエ・エレイソン

 直ぐにバスの片山のまろやかな声が広がった。

キリストよ、憐れみたまえクリステ・エレイソン

 隣に座る奏人が軽く息を飲む。暁斗も少し驚いた。包まれるような優しさのある声はそのままだが、彼は明らかに、6月に小曲を歌った時とは、声量や張りのようなものを変えている。 
 澄んだソプラノが同じ歌詞を歌い、気品のある堂々とした声のメゾソプラノが続く。その後に一斉に入ってくる合唱とフルオーケストラの一段上から、ソプラノの高音が客席に滑り込んでくる。
 舞台上の全員が音を発する演奏に、暁斗は凄い、という言葉しか浮かばない。友人知人の死を悼む宗教曲のイメージからかけ離れているようなのに、ぶ厚い音の中に何か祈りのエッセンスのようなものがきらきらしている。
 第1曲が静かに、しかし明るさを残して終わると、ソリストたちがタイミングを合わせてすっと座った。暁斗の後ろで、凄くね? とこそっと囁き声がした。
 おそらく予想外に良い演奏だからだろう、全体的に客席が微かにさわさわと揺れた。それが、指揮者の振り下ろす棒と同時に鳴ったオーケストラのフォルテシモで強引に黙らされた。

怒りの日ディエス・イレその日はディエス・イッラ

 荒れ狂う音と合唱の悲鳴が、ソニックビームのように暁斗の頬をかすめ耳朶を叩く。河島はこの聴く者を圧倒する音楽について、何と話していただろうか。

「レクイエムの詩にどんな曲をつけても、まあ作曲家の自由なんだけど、ヴェルディは死と最後の審判への恐怖をめちゃ描いてると一般的には言われてるね」
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