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おじちゃんとおにいちゃん、がんばる。

3-⑪

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「杏菜ちゃんに関しては、あの子が俺たちに里親になってほしいと望むかどうか微妙なのかな」
「うーん、あの家族は、お母さんがどうしたいと思ってるのかが鍵なんだよね」

 奏人が軽く目を伏せると、長い睫毛が作った影のせいか、愁いを帯びた表情になった。

「暁斗さんのお母さんはぶれない人だけど、僕の母親はぶれた……独身時代は一匹狼みたいな強気のヴァイオリニストだったのに、祖母や父から僕や勇人がぼろくそ言われていても、じっと黙って全然助けてくれなかった」

 高崎家の昏い部分に関しては、奏人の母が強い自責の念をずっと抱いている。暁斗は彼女の言葉の端々からそれを察していた。奏人の心にあるわだかまりはちょっとやそっとでは溶けないだろうだが、母親を許してやってほしいと暁斗は思っている。

「やってみないとわからないことってあると思うんだよ、奏人さんのお母さんは結婚がそうだったのかもしれないし、杏菜ちゃんのお母さんは、1人で子どもを育てながら生きて行くことが予想以上に難しいのかもしれない」
「まあ、そうなんだけど……」

 車はのんびりと都内に入る。こちらも雨だったようで、道路は濡れて黒くなっていた。

「良い日取りをリサーチしないとね」

 奏人は気分を変えるように言った。

「役所に届けを出すのなら、そういうの考えるんでしょ? 会社の後輩が最近彼女にプロポーズしてね、その日はもちろん、指輪を買うのも吉日を調べたって言ってた」
「……まめな子だな、まあ入籍や結婚式はみんな気にすると思うけど」
「暁斗さん実はそういうのどうでもいい人? 僕はちょっと気になる人間だから、じゃあ僕が調べる」

 全くどうでもいい人ではないのだが、奏人に任せようと思った。
 その時、ズボンのポケットに入れっぱなしにしていたスマートフォンが震えた。暁斗はびっくりして、思わずそれを引っぱり出す。赤信号で画面を確認すると、ゼミ友の河島からのLINEだった。

「おっ、河島だ」
「河島さん、同窓会のために動いてるって言ってなかった?」

 奏人の言う通りで、ゼミの担当教官の岡田の希望日が出たという。本当は夏に開催したかったのだが、暑過ぎるので延期されていた。

「11月の土曜ならいつでもOKで、昼間から夕方にかけて……まあいいんじゃないかな、集まりやすそうな気がする」
「いいなあ、僕はゼミ全体で集まらなくなっちゃった」
「奏人さんとこは先生が今も同じ大学にいらして、現役なんだろ? 同期の結婚報告が落ち着いてきて、先生が退官したら集まり時だ」
「なるほど、あと2、3年かな」

 暁斗たちの学年と、1年上と1年下に声をかけてみようということになっている。首都圏に住む卒業生の動向は、暁斗と河島で大体把握できるが、地方に帰っている連中に声をかけるかどうか、迷いどころだ。
 ふと、元妻の木村きむら蓉子ようこも来るだろうと暁斗は思った。彼女は妹の晴夏と繋がっていて、今交際している相手との再婚を考えていると聞いていた。自分と奏人がいよいよパートナーシップ制度を使おうかと話しているタイミングで、蓉子と顔を合わせるかもしれないというのも、巡りあわせなのかなと思う。
 これでいいのかもしれない。暁斗が蓉子との人生に終止符を打って、気がつくと10年が経とうとしていた。奏人と一緒に歩いて行こうと決めてから、3年半の距離的ブランクはあったものの、もう6年近くになる。けじめが必要なのは、きっと暁斗のほうだった。

「まあ杏菜ちゃんのことは、気長に見守ろうよ……里親でなくとも、僕がお絵かき仲間として繋がっていけると思うんだ」

 奏人が小さな杏菜を絵師と見做しているのが、ちょっと面白くて微笑ましい。

「動物を描いてみたいって言ってたから、犬や猫と触れ合うことができるカフェとか、ほんとは動物園に連れて行ってあげたいんだけど」
「それはいいな、大河さんと子ども園に相談してみよう」

 奏人の杏菜に対する気持ちは、暁斗とは少し色合いが違うのかもしれない。しかし、今も暁斗に父親のようなものを求め、自分を子どもだなどと言う彼が杏菜に垣間見せるのは、確かに父性に近いと暁斗は思う。
 子どもを持つことが叶わない自分に、父親気分を味わわせてくれる杏菜にも、彼女がもう少し大きくなったら、感謝の気持ちを伝えたい。奏人が調べた文具店の入るショッピングモールに向かうべく、暁斗はナビを確認して、ハンドルを切った。空は晴れそうになかったが、暁斗の気持ちは晴れやかだった。


《おじちゃんとおにいちゃん、がんばる。 完》
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