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おじちゃんとおにいちゃん、がんばる。

3-④

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 それが理解できているなら、杏菜に問題は無いだろう。しかし杏菜は、懸命に訴えた。

「でもね、消しゴムで消えるって言ったのに、お母さんが杏菜の色鉛筆、ばっと取り上げてゴミ箱に……っ」

 杏菜はそう言うと、ひいん、と悲痛な泣き声をあげた。彼女の色鉛筆は、描いてすぐなら消して描き直しができるもので、専用の消しゴムがついていた。
 まあ壁紙では、消えたかどうかは微妙なところである。とは言え、杏菜は母から与えられた罰にかなりショックを受けた様子で、せっかく色鉛筆を買ってくれた奏人にも申し訳ないと、子ども心に思っているのがありありと伝わり、暁斗は自分まで泣けそうになる。

「杏菜ちゃん、よくないことをしたとわかってるならそれでいいし、奏人おにいさんも怒ったりしないから、そんなに泣かないで」

 杏菜は長い間一人で辛さを抱え込んでいた分、暁斗が何か言えば言うほど泣いてしまう。

「杏菜ちゃん、お母さんは色鉛筆を全部捨ててしまったの?」

 奏人はしくしく泣く少女に尋ねた。彼女はぷるぷると首を横に振り、ひっく、と喉を鳴らした。

「ひまわり描いてた色おおぉ……」

 色鉛筆を取り上げられた場面が脳内でリフレインしているのか、杏菜はますます悲しげに泣いた。麦茶を持ってきた岡が、驚いて部屋の入り口で固まっている。

「あっ岡さん、ちょうどよかった」

 奏人は素早く立ち上がり、彼女のそばに行き、小声で何か言った。岡はええ、と肯定している。彼女はテーブルにグラスを置くと、奏人と共に部屋から出て行った。
 暁斗は奏人の行動の意味がわからなかったが、何か考えがあるのだろうと思い、任せておく。そして泣きっぱなしの杏菜に、麦茶のグラスを持たせた。

「泣いてると喉が渇くだろう、ちょっと飲んで」

 杏菜は両手でグラスを持ち、ゆっくりと小さな口をつける。可愛らしいが、なかなか大変だと思い、暁斗は苦笑を浮かべながらほっと息をついた。
 奏人は1人で部屋に戻って来たが、右手に色鉛筆のケースを持っていた。岡に頼んで、杏菜の部屋から持って来てもらったようだった。

「杏菜ちゃん、色鉛筆はバラでも買えるから、無くなったやつを僕が明日買って、郵便で送るよ」

 奏人が座りケースの蓋を開けると、杏菜はグラスを置いてそれを見つめた。確かに数本の鉛筆が欠けている。消しゴムは減っていなかった。

「えーっと……黄色と茶色と緑と、山吹と黄土色だね」

 奏人が確認するのを聞きながら、5本も捨てられたらショックだろうと暁斗は考えた。賃貸の壁に子どもが落書きしたら親が叱るのは当たり前だが、少し叱り方が衝動的過ぎないだろうか。
 杏菜は神妙な顔で奏人を見た。

「売ってるの?」
「うん、大きな文房具屋さんならたぶん置いてるよ……今日は僕のを使うといいから、何か描こうか」

 杏菜は唇を尖らせて、上目遣いで奏人と暁斗を順に見る。奏人はくすくす笑った。

「麻理亜ちゃんに見せてあげたかったひまわり、僕に見せてよ」
「えーっ……」

 杏菜の声は乗り気でなかったが、奏人が持っている24色の水彩色鉛筆が気になるようで、貸すと言われて気持ちが揺れているのがわかる。暁斗も言った。

「描こう描こう、ひまわり以外でもいいし」

 小さな手がずらりと並ぶカラフルな鉛筆に伸びた。緑と言っても数種類あるので、杏菜は迷ったが、濃い色の緑を選んだ。

「杏菜ちゃんの色鉛筆よりちょっと色が淡いけど、そういうものだから気にしないで」

 奏人が開いたスケッチブックの白いページに、色鉛筆の芯を置いた杏菜は、緑の線を引いた。

「ほ……おっ?」

 杏菜の口からそんな声が出て、暁斗は笑う。何か普段とは、感触が違うのだろう。彼女はすぐに集中し始めて、ひまわりの茎と葉を描き出した。花から描くのではないのかと暁斗は思う。

「ひまわりはどこに咲いてるの?」
「ここからは見えないんだけど、裏の庭だよ……小学生の人たちが育てたの」

 杏菜がモデルを思い出しながら描くのを見るのは、初めてだった。自分の記憶に残ったものを絵にしていくことのほうが圧倒的に多い奏人と、同じやり方をしていることになる。これまではぬいぐるみや花瓶などをこの部屋に持って来て、見ながら描いていた。
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