上 下
230 / 386
ひとりじゃできないこともある

社内会議②

しおりを挟む
 暁斗は神崎綾乃の顔を思い出しながら、言った。彼女はあの日、暁斗の説明に結構興味を持って、もしカタログなどができれば見てみたいと言ってくれた。幣原は個人経営の不動産会社が1社、現在好感触だと話し、何となくどんな形態の会社に、コーディネートされた家電と事務機器が受けそうなのかが見えてきた感じがある。

「ですからどうしても1件の単価は小さくなります、大口の契約も期待できなくはないですが……エリカワでは『清潔部抗菌課』はオール日本製の高級ラインですから、職場に愛着のある堅い会社に向けて、良いものをアピールするという姿勢がいいのではないかと」

 暁斗の話に、営業課の面々は納得する空気感を出した。山中が後を継ぐ。

「そういう感じで行くなら、それをアステュートと共有しないといけませんね、お互い勝手にやってる感がまだ強いのも良くないかもしれません」
「この間幣原さんが来てくれて、少し話したんですけど、あちらも似たような販路を模索しつつあるようですよ」

 山中は声をよそ行きから素に変えて、暁斗の顔をぱっと見た。

「え? おまえ幣原さんといつの間に仲良くなった?」
「別に仲良くはなってないです、迫ってくるのをやめてくれってお願いしたあとに割と有意義な会話ができたので」
「うわ、随分はっきり言ったんだな……」

 会議室に忍び笑いが広がる。ほっとしたような表情の高畑が、暁斗の視界の隅に映った。

「ああ、桂山の犠牲によって意思疎通が図れたっちゅうことか」

 吉田は感心したように言ったが、これはやや誤解を招く言い方のように思えたので、暁斗は訂正しておく。

「部長、私は何も犠牲にしてません」
「そうなんか? 何か結構露骨に愛情表現して来てはったから、折れたんかと思たわ……なあ高畑? ちょっと幣原さん何とかせなあかんって話してたとこやな」

 折れたなんて冗談でもやめてくれと暁斗は言いたかったが、はい、と高畑が明瞭に返事をするのを聞いて、心配かけたなと申し訳なくなった。

「では営業は、アステュートさんとも調整の上、以降方針の変更の可能性があるということでまとめておきます」

 吉田の判断は早かった。客単価が下がっても、確実に売り込める相手にアプローチするほうが、営業部に所属する社員の士気にとってもいいだろうと思ってくれたようだ。
 田久保が山中のほうを窺う。

「山中さん、これはもしかしたら、あまり高級感推しにしないほうがいいような気がしてきてるんですが」

 山中は首を捻る。企画した彼は、丁寧に作られ使い心地の良い職人の手仕事感と、特許取得予定の光触媒抗菌コートを、このラインのキャッチにしたいと考えている。山中自身からそう聞いていた暁斗は、引けないだろうなと思った。
 すると山中の部下の蒔田まきたが、無言になった上司に代わって答える。

「じゃあ、使った人だけわかる良さとか、ぱっと見地味だけどめちゃいいよ、みたいな感じですかね」

 蒔田はおそらくそんなに深い考えも無く口走ったのだろうが、この案はその場に受けた。

「ああ、そういう感じに食いつく層ってありそう」
「逆にニッチな高級感出るね」

 その時隣に座る高畑が、ぽそっと言った。

「ふふっ、晃嗣こうじさんみたい」
「……さっくん何言ってんの?」

 暁斗は一応こそっと部下に突っ込んでおいた。高畑は最近柴田との仲をより深めるきっかけでもあったのか、何やらラブラブ感を洩らしがちである。暁斗の小さな声に、高畑はおおよそ反省の色の無い声で、すみません、と応じた。

「課長、幣原さんの攻勢、ほんとに収まりそうなんですか」
「ああ、とりあえず勘弁してくれとははっきり言ったんだけど」
「柴田さんも心配してますから、俺も楯になるんで、あまり1対1であの人と会わないようにしてくださいね」

 暁斗は若い部下の整った顔をついしみじみと見つめた。課長補のポストに一番近い高畑ではあるが、新入社員の頃を知る身としては、その成長にちょっと感動してしまう。
 実のところ暁斗は、喫茶店で話して以来、幣原への警戒感をかなり解いている。まあ、盆明けに合同会議で顔を合わせたら、元通りになっているかもしれないが……とにかく営業マンとしてはかなり頼りになるので、仲良くやっていきたい。
 何にせよ、この2週間ほどで、いろいろな人の存在があらためて有り難く思えることが続いた。奏人と2人で生きて行くにしても、周りの人たちともかかわりは持ち続けるのだから、こういった気持ちは大切だと暁斗は思う。

「ちょっとアステュートの面々とも、懇親会せなあかんかな」

 吉田は面倒くさそうに言ったが、彼は実は昔から飲み会が大好きなので、営業部の者はそれがポーズだと知っている。……そう言えば奏人さんが、柴田さんとさっくんと食事をしたいと言ってたな。いろいろ店を探さないといけないなと、密かに暁斗は相応しい店舗の検索を脳内で始めるのだった。


《ひとりじゃできないこともある 完》
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

専業種夫

カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】保健室のケルベロス~Hで淫らなボクのセンセイ 【完結】

瀬能なつ
BL
名門男子校のクールでハンサムな保健医、末廣司には秘密があって…… 可愛い男子生徒を罠にかけて保健室のベッドの上でHに乱れさせる、危ないセンセイの物語 (笑)

処理中です...