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ひとりじゃできないこともある
社内会議①
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「客単価を下げることになるんか?」
営業部長の吉田がやや難しい顔になった。彼は大阪支社の営業部長補を経て、一昨年春に東京本社に新部長として着任した。大阪での営業成績と、東京に3年間単身赴任していた経験を買われ、今回は妻と次男と一緒に東京にやって来た。
暁斗は吉田が東京に居た頃、直属の先輩だった彼と一緒に外回りをしたこともあったため、彼とは比較的気安い。しかし今回のアステュート株式会社とのコラボ商品を、小回りの利く営業にシフトしたいという暁斗の意見には、やや難色を見せる。
山中企画部長補が、吉田を弄りにかかった。
「吉田部長がアステュートの本社に、もっと本腰入れろって殴り込みに行ってくださるなら、話は別です」
「何で俺があっちの本社に喧嘩売らなあかんねん、俺アステュートに学生時代の先輩いてるから嫌やわ」
吉田が応じると、場に笑いが起きた。アステュート株式会社の総本社は大阪である。今回の企画は両社の東京本社で立ち上がったものだが、もちろん販売は全国展開を目指しているので、両社の大阪側もそろそろ動き始めている。東京側の売り上げが伸びていないために、エリカワの大阪側の営業がためらいがちになってしまっていると、吉田からは聞いていた。
「アステュートはタレント使ってくれへんの?」
「タレントをCMに起用して、逆にイメージを固定したくないみたいですよ……ほら、その芸能人が何かやらかしたら商品のイメージダウンに繋がるから」
山中の発言に、ああ、と溜め息混じりの声が上がる。暁斗もその辺りのアステュートの意向は、幣原からちらっと聞いていた。そしてエリカワには、著名人をCMに使うような宣伝予算は無い。
「アステュートはSNS発信が強いので、そっちからイメージ戦略を展開したいと考えてる節がありますね……まだはっきり教えてくれないんですが」
広報課長補の田久保が言うと、吉田はSNSなぁ、と首を傾げる。アステュートは特にツイッターを積極的に使っており、攻めるツイートが人気で80万人のフォロワーを持つ。
「うちはおもろい中の人もおらんし、ってそもそも公式SNSのアカウントが無いってどうなん?」
吉田に問われた田久保は、ぷっと頬を膨らませる。
「だから私がやるってずっと言ってるのに、上がツイッターもインスタも許可してくれません」
「それは、田久保さんやからあかんのか?」
「違いますよ、私炎上させたりしませんから! 上の考え方が古いんですって!」
「うちの広報はカメラオタクも多いから、インスタが開設できたらいいんじゃないかなぁ……拡散力高いですよ、岸専務にねじ込みましょうか?」
暁斗が言うと、田久保はうんうん、と頷く。インスタグラムにかつてほどの勢いは無いかもしれないが、綺麗な写真を用意できれば強みになる。荒らしや炎上が怖いからと言ってSNSを避けていたら、この会社は本当に取り残されてしまう。
「田久保さんは個人でインスタやってる?」
暁斗が訊くと、もちろんです、と田久保は答えた。
「桂山課長のパートナーさんのアカウントもフォローしてますよ……炎上や突っ込みは文章に対して起こることが多いと思うんです、インスタで商品の小洒落た写真だけをアップするなら、ホームページの運用と労力は変わらないんじゃないでしょうか」
「そうだなぁ、奏人さんもインスタにはそんなにいろいろ書いてない」
山中がうーん、と低く言う。
「そりゃ桂山や俺がニューズレターに書いてることのほうが、余程燃料になりやすそうだけど……別に絡まれてないよな」
「ちょっと待った、インスタの話と営業の方向転換の話は同時進行なんか?」
吉田の言葉が、脱線しそうな会議の空気を引き締めた。暁斗も背筋を伸ばし、話の続きをする。
「すみません、話を整理しますと、昨今オフィスの大改装もなかなかありませんし、リモート勤務の形を取る会社も増えて、ただ社員が集まって時間を過ごすだけの場所に『清潔部抗菌課』のラインナップは受けないのではないかと考えます……やはり不特定多数の人が常時訪れるような空間を職場にしている小ぶりの会社にアプローチするほうが、興味を持っていただけるように思います」
「桂山、それ具体的にどんな会社を想定してる?」
「ひとつ今感触に手ごたえがあるのは、個人の診療所です……医療用の大きな機器との兼ね合いは難しいかもしれませんが、問診だけの診察室はアリかなと感じました」
営業部長の吉田がやや難しい顔になった。彼は大阪支社の営業部長補を経て、一昨年春に東京本社に新部長として着任した。大阪での営業成績と、東京に3年間単身赴任していた経験を買われ、今回は妻と次男と一緒に東京にやって来た。
暁斗は吉田が東京に居た頃、直属の先輩だった彼と一緒に外回りをしたこともあったため、彼とは比較的気安い。しかし今回のアステュート株式会社とのコラボ商品を、小回りの利く営業にシフトしたいという暁斗の意見には、やや難色を見せる。
山中企画部長補が、吉田を弄りにかかった。
「吉田部長がアステュートの本社に、もっと本腰入れろって殴り込みに行ってくださるなら、話は別です」
「何で俺があっちの本社に喧嘩売らなあかんねん、俺アステュートに学生時代の先輩いてるから嫌やわ」
吉田が応じると、場に笑いが起きた。アステュート株式会社の総本社は大阪である。今回の企画は両社の東京本社で立ち上がったものだが、もちろん販売は全国展開を目指しているので、両社の大阪側もそろそろ動き始めている。東京側の売り上げが伸びていないために、エリカワの大阪側の営業がためらいがちになってしまっていると、吉田からは聞いていた。
「アステュートはタレント使ってくれへんの?」
「タレントをCMに起用して、逆にイメージを固定したくないみたいですよ……ほら、その芸能人が何かやらかしたら商品のイメージダウンに繋がるから」
山中の発言に、ああ、と溜め息混じりの声が上がる。暁斗もその辺りのアステュートの意向は、幣原からちらっと聞いていた。そしてエリカワには、著名人をCMに使うような宣伝予算は無い。
「アステュートはSNS発信が強いので、そっちからイメージ戦略を展開したいと考えてる節がありますね……まだはっきり教えてくれないんですが」
広報課長補の田久保が言うと、吉田はSNSなぁ、と首を傾げる。アステュートは特にツイッターを積極的に使っており、攻めるツイートが人気で80万人のフォロワーを持つ。
「うちはおもろい中の人もおらんし、ってそもそも公式SNSのアカウントが無いってどうなん?」
吉田に問われた田久保は、ぷっと頬を膨らませる。
「だから私がやるってずっと言ってるのに、上がツイッターもインスタも許可してくれません」
「それは、田久保さんやからあかんのか?」
「違いますよ、私炎上させたりしませんから! 上の考え方が古いんですって!」
「うちの広報はカメラオタクも多いから、インスタが開設できたらいいんじゃないかなぁ……拡散力高いですよ、岸専務にねじ込みましょうか?」
暁斗が言うと、田久保はうんうん、と頷く。インスタグラムにかつてほどの勢いは無いかもしれないが、綺麗な写真を用意できれば強みになる。荒らしや炎上が怖いからと言ってSNSを避けていたら、この会社は本当に取り残されてしまう。
「田久保さんは個人でインスタやってる?」
暁斗が訊くと、もちろんです、と田久保は答えた。
「桂山課長のパートナーさんのアカウントもフォローしてますよ……炎上や突っ込みは文章に対して起こることが多いと思うんです、インスタで商品の小洒落た写真だけをアップするなら、ホームページの運用と労力は変わらないんじゃないでしょうか」
「そうだなぁ、奏人さんもインスタにはそんなにいろいろ書いてない」
山中がうーん、と低く言う。
「そりゃ桂山や俺がニューズレターに書いてることのほうが、余程燃料になりやすそうだけど……別に絡まれてないよな」
「ちょっと待った、インスタの話と営業の方向転換の話は同時進行なんか?」
吉田の言葉が、脱線しそうな会議の空気を引き締めた。暁斗も背筋を伸ばし、話の続きをする。
「すみません、話を整理しますと、昨今オフィスの大改装もなかなかありませんし、リモート勤務の形を取る会社も増えて、ただ社員が集まって時間を過ごすだけの場所に『清潔部抗菌課』のラインナップは受けないのではないかと考えます……やはり不特定多数の人が常時訪れるような空間を職場にしている小ぶりの会社にアプローチするほうが、興味を持っていただけるように思います」
「桂山、それ具体的にどんな会社を想定してる?」
「ひとつ今感触に手ごたえがあるのは、個人の診療所です……医療用の大きな機器との兼ね合いは難しいかもしれませんが、問診だけの診察室はアリかなと感じました」
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