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ひとりじゃできないこともある

対峙③

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「私みたいな中途半端なゲイでなくても、幣原さんなら良い人が沢山見つかるでしょうに」
「おっ、それは本気で言ってくださってますか?」

 幣原が身を乗り出して来るので、暁斗は笑顔を出さず、答えた。

「はい、客観論です」
「客観論ね……桂山さん、中途半端なゲイってどういう意味ですか?」

 問われて、少し言葉の選択が良くなかったかと思った。暁斗は慎重に話す。

「私は女性との結婚歴もありますし、同性を好きになったのは今のパートナーが初めてなんですよ……それでこれまでパートナー以外の男性に対して、いいなと思ったことがありません」

 ほう、と幣原は応じた。

「パートナーさんが桂山さんの好みにジャストミートだったということでしょう?」
「そこが微妙で、パートナーが好みとかタイプかと訊かれたら、一概にイエスでもない気がしています……別れた妻は確かに好きな顔だったと思いますが、奏人さんと妻に容姿の類似点はあまり無いんですよね」

 暁斗は神崎と話して以来、ずっとこのことについて考えていたので大真面目だったが、幣原は目を丸くしてから、如何にも面白そうに笑った。

「いや、ちょっと待って桂山さん……それ真面目に分析してるんですよね、笑ってすみません……だったらきっと、それが桂山さんが人に惹かれるパターンなんですよ」

 幣原が何をそんなに可笑しがっているのかがよくわからなかった。不愉快というほどでもないが、ついていけない。

「まあ確かに、好みとかタイプがはっきりしている人のほうが世の中多いように思いますよ、でなけりゃ人の好みにアプローチする営業なんて仕事は成り立たないでしょう? でも桂山さんみたいに、今好きな人が揺るぎなく好みだって人もいます、ほんとに」

 暁斗はあ、なるほど、と呟く。そして、面白い見方をするなと感心した。幣原はいやぁ、と心から楽し気に言い、ストローでコーヒーを吸った。

「桂山さん、相談室のいつぞやのニューズレターに、好きになった相手がたまたま男だっただけだって書いてましたよね? やっとそれが理解できました……私なんかは中学生の頃には男が好きだって自覚があったんです、だから相手は『絶対男』なんですよ」

 うんうん、と暁斗は幣原の話を興味深く聞く。

「要するに『たまたま男』という状況は私には考えられないので、桂山さんは変わったことを言うなと実は思ってました」
「……ということは、やっぱり私のほうが少数派?」
「バイセクシャル的な感覚のように思います、でも桂山さんは今全く女性に興味がおありでないようですし、ちょっと独特かもしれません」

 幣原はほぼ独り言で、なるほどねぇ、と言った。

「まあとにかく、桂山さんが今はパートナーさん一筋だということは承知しました……せっかく桂山さんがご自分についてお話しくださったので、私の話をしましょうか」

 そう言われた暁斗は、あまりこの人物の個人的な話を聞いて深入りしたくないと感じたが、酒の席ならぬ喫茶の席の軽い話と位置づけようと思った。つまり、この場限りの話題。
 しかし幣原は、これまで見せたことのない、やや憂いを帯びた表情になった。

「桂山さんね、私が学生時代に好きだった人に似てるんですよ」

 え、と暁斗の口から思わず声が洩れた。幣原は今までの明るい営業口調でなく、素の話し方なのだろう、息の多く混じった声になる。

「私大学でアメフトやってまして、部活の同期です……彼はノンケでしたが、私の気持ちを否定せずに受け止めていました……寝たことはありませんがキスを許してくれたことはありましたし、友達以上恋人未満と言っていいのか」

 幣原の友人は現在ドイツで働いているという。まだ独身だが、あちらで女性の恋人ができたらしいことを、別の友人から聞いたと幣原は続けた。

「彼も私には言い出しにくいんだと察しました、だからもう諦めてるんですけれど、まあ何かと宙ぶらりんで」
「……そうでしたか」
「春にスーパー銭湯で桂山さんをお見かけしたとき、身体つきが似てると思ったんですよね……我々お互いの裸を見る機会は部活中に何度となくあったので」

 困ったなと暁斗は思う。これは同情を禁じ得ない案件だ。いや待て、と幣原の顔を見ると、彼は暁斗の言いたいことを察したらしかった。

「あ、桂山さんの気を引きたくて話を作ってる訳でも、誰にでもこの話をして口説いてる訳でもないですよ……私は軽い人間ですが、そういうことは好きじゃない」
「……承知しました、事実として受け止めることにします」

 暁斗は答えた。相談室で悩める社員の大切な話を聞く時と同様、幣原の胸の内にずっとわだかまっている事実の重みを感じた。
 幣原は声を変えて、そうそう、といきなり言った。

「ちょっと先週、営業をかけるのにヒントになりそうなことがありまして」

 時計を見ると、あと10分ほどで平岡から電話がかかって来そうだった。このまま話を進めて、ちょうどいいくらいだろう。暁斗は幣原の顔をあらためて見据えたが、同期の友人の話を始めた時の憂いは、もうどこにも見当たらなかった。
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