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ひとりじゃできないこともある

対峙②

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 新城たちは、立ち上がって幣原を見送った。彼女らも幣原が大手家電メーカーの営業だと知っているので、それなりの対応をする。芸能人をCMに使って単価の高いヒット商品をばんばん出す会社は、同じ一部上場でも売り上げの桁が違い、地味なエリカワとは別格だからである。
 向かいのビルの1階に入る喫茶店は、エリカワの社員たちの行きつけと言って良かった。一瞬太陽光に焼かれたが、すぐに涼しい店内に入る。そこにはサラリーマンの2人連れが3組だけ座っており、午後3時過ぎにしては空いていた。

「こんな暑い日のこんな時間に申し訳ないですね、この後はどちらに?」

 暁斗が窓際の席に客人を導くと、案の定、困惑を催させる言葉が返ってくる。

「もう会社に帰るだけなので、桂山さんの顔を見てからと思いまして」

 暁斗は何気に幣原の笑顔をスルーして、アイスコーヒーを2つ頼んだ。

「……特に私に業務上の御用がある訳ではない、ということでよかったですかね」

 まさかこんな場所で、店員や他の客もいるのに、おかしな行動には出ないだろう。そう思いながら、暁斗はやや口調を冷ややかなものにした。幣原はふてぶてしくも、そうですね、と答える。

「私ちょっと変態なので、桂山さんが迷惑だなぁって空気を出してくるのを見るのが好きなんですよ」

 テーブルに2人だけなので、暁斗は感情が顔に出るのを我慢しなかった。いい機会だから、この際はっきり言っておこうと考える。

「いやいや……迷惑だなぁって空気、察してらっしゃるならご対応いただきたいです」
「桂山さんってゲイ歴長くないんですよね、ノンケだった頃……という言い方は変ですけど、自覚がなかった頃も女性に言い寄られるのはお好きでなかった?」
「独身時代はそれなりに受け止めていましたけど、少なくとも結婚してからはそんな女性はいませんでしたので」

 暁斗の言葉に、ああ、と幣原は大げさに驚いてみせた。

「決まった人がいるのに言い寄ってくる人間はどうかしてるとお考えになるわけですね」

 当たり前だろうが。うっかりそのまま言ってしまいそうになった。

「まあそうですね、対象者がパートナーと明らかに不仲な状態ならともかく、そうではないと知っているのに近づいていくというのは、自分にどれだけ自信がある人なのかとちょっと引きますね」

 こんなあけすけな言い方を他人にするのは久し振りで、暁斗はやり過ぎたかと口をつぐんだ。しかし幣原は、目を見開きじっと暁斗の顔を見つめていたかと思うと、あっ、とひと声発して椅子にのけ反った。

「やば、攻撃的な桂山さん痺れる……もうこれだけで一晩中抜けそう」
「はぁっ⁉」

 暁斗は思わず腰を浮かせた。何言ってるんだこいつは! アイスコーヒーがやって来たので、とりあえず深呼吸して気持ちを落ち着ける。

「あのですね幣原さん、この際なのではっきり言いますが、私あなたにそういう性的な目線を向けられるのは……いや、あなたが私にどういう感情を抱こうがあなたの自由ですよ、でもその空気を露骨に出して来ないでいただきたい」

 一気に言った暁斗は、よし、と満足感を味わった。幣原は相変わらず笑いながら、ストローの袋を千切った。

「はいはい、桂山さんのお気持ちは重々承知しました……でも私ほんとちょっとマゾっ気あるので、桂山さんみたいなタイプにすげなく当たられるとダメなんですよ……」
「知りません」

 ぴしゃりと暁斗は言ったが、幣原はどうもあまりこたえてなさそうである。奏人や神崎が心配するような感じではないかもしれないが、厄介さは同じくらいかもしれない。

「わかりました、とにかく私も桂山さんに対してやり過ぎだと周りに言われていますので、ほどほどにすることにしますね」

 幣原の発言に重みが感じられず、暁斗はアイスコーヒーをストローで吸って、小さく溜め息をついた。

「周りの皆さんの様子を見ていたら、幣原さんはしょっちゅうこんなことをしてらっしゃるように思いますが……感心しません」
「しょっちゅうではないですよ、まあ惚れっぽいのであれなんですが」

 暁斗はちらっと幣原を見た。暁斗にとって幣原は性的興味を抱かせる人物ではないが、客観的に見て、男にも女にもモテるのではないかと思う。スポーツマン風の体格や整った顔立ちもそうだし、いつも身につけているものが嫌味でなく洒落ている。彼の営業成績が示しているように、会話も上手だ。
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