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春を見送る休日
一緒に寝る①
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特に何をするでもない帰省なので、食事の片づけが済んでしばらくテレビを見ると、順番に風呂に入ろうという流れになった。父と晴夏がまず入浴し、暁斗か奏人が最後という順に決まる。暁斗は奏人を促し、2階の部屋に荷物を置きに行った。
かつて弟の星斗と一緒に使った部屋は、奏人がアメリカから帰国して以降、彼の蔵書置き場となっている。留学中、レンタルスペースに沢山の本を預けていた奏人だったが、永遠にそこを使う訳にもいかず、かといってどうしても捨てられないと言うので、大森のマンションとここに分散管理することにしたのだった。空になっていた暁斗と星斗の本棚と、新しい2つの本棚を使って、何とか収まってくれた。
この部屋は誰も使わないから好きにしたらいいと、寿博も乃里子もあっさりと言った。暁斗は、ずっと立川に置きっぱなしにするのなら手放せばいいのにと思ったのだが、ならば本のためにワンルームを借りるとまで言って、奏人は手許に置きたがった。今も彼は、本棚の前に佇んで、外国語の本の背中を眺めている。それらはおそらく誰かから譲ってもらった本で、思い出があるのだろう。
棚から3冊ほどを抜き出して、奏人はぱらぱらと中を確認した。論文か授業に必要らしかった。こうして見ると、かつて奏人が暮らしていた神楽坂の小さな部屋を思い出すので、そう悪い眺めではないと最近暁斗は思うようになっている。奏人は壁一面に並んだ本に囲まれ、2台のパソコンと画材に紛れて生活していたのである……地震が来たら本の下敷きになって死ぬのだなどと言いながら。
「奏人さんは本に囲まれてると安心なんだな」
暁斗はベッドに座り、奏人の背中を見ながら言った。彼は肩越しに振り返る。
「そうかも、でも暁斗さんも知ってる通り、実家はそんなことないのにね」
「大学生になってからだろ?」
「あ、でも高校生の頃にはもう、外国の凄い図書館とかに憧れてた」
変わった高校生だったんだろうなと、暁斗は可笑しくなる。そもそも奏人のような人種とは、これまで遭遇したことがなかった。何をやらせても一流で、一見他人を寄せつけない空気感を纏う美貌のひと。
部屋の扉がやや荒っぽく開いた。奏人はそちらを見たが、暁斗はやって来たのが妹であることを察していた。
「いちゃいちゃしてないで……って今夜はいちゃいちゃしてないのね、お母さん今入ったから、お風呂の用意してね」
晴夏は言うと、おやすみ、と手を振ってその場を去った。暁斗は軽く首を捻った。
「いちゃいちゃしてたことなんかあったか?」
「あ、僕が帰国して初めてここにお邪魔した時のことじゃないかな?」
奏人は苦笑気味に言った。記憶を辿った暁斗は、そういえばベッドの上で一緒にいた時に、晴夏が入ってきたことがあったと思い出す。暁斗に言わせれば、確かに自分の膝の上に奏人を座らせていたが、別にいちゃついていた訳ではない。
「ああ、あの時か……今もそうだったけど、人の部屋の扉を開けるのにノックしないからだ」
「僕の家も誰かの部屋に入るときにノックはしないけど」
「奏人さんの家は襖じゃないか、ああいう家は時代劇みたいに、失礼いたしますって呼びかけてから開けるの?」
帯広の奏人の実家は、立派な日本家屋である。防寒対策が必要な北海道でもこんな家があるのかと暁斗は驚いたが、外側に面した壁は厚く、二重窓になっており、寒さは感じなかった。
奏人の苦笑は続く。
「それ1階だけだよ……お客さんがいる時は失礼しますとか開けますとか言うかな」
「あっでも2階の奏人さんの部屋に、勇人さんがノック無しで入ってきてびびったことあった」
「でしょ? あの時こそちょっといちゃつきかけてたよね、勇人が明らかに引き気味だった」
奏人の弟の勇人は気のいい人物で(気の毒にも、それを亡き父親に間抜け呼ばわりされていたらしい)、兄の随分年上の同性の恋人にも懐いてくれている。だがキスしようとしていた2人を見た時は、目を真ん丸にしていた。認めて理解していても、男同士がそういう雰囲気になっているのを目の当たりにしたら、初めてなら驚くだろうと思う。
かつて弟の星斗と一緒に使った部屋は、奏人がアメリカから帰国して以降、彼の蔵書置き場となっている。留学中、レンタルスペースに沢山の本を預けていた奏人だったが、永遠にそこを使う訳にもいかず、かといってどうしても捨てられないと言うので、大森のマンションとここに分散管理することにしたのだった。空になっていた暁斗と星斗の本棚と、新しい2つの本棚を使って、何とか収まってくれた。
この部屋は誰も使わないから好きにしたらいいと、寿博も乃里子もあっさりと言った。暁斗は、ずっと立川に置きっぱなしにするのなら手放せばいいのにと思ったのだが、ならば本のためにワンルームを借りるとまで言って、奏人は手許に置きたがった。今も彼は、本棚の前に佇んで、外国語の本の背中を眺めている。それらはおそらく誰かから譲ってもらった本で、思い出があるのだろう。
棚から3冊ほどを抜き出して、奏人はぱらぱらと中を確認した。論文か授業に必要らしかった。こうして見ると、かつて奏人が暮らしていた神楽坂の小さな部屋を思い出すので、そう悪い眺めではないと最近暁斗は思うようになっている。奏人は壁一面に並んだ本に囲まれ、2台のパソコンと画材に紛れて生活していたのである……地震が来たら本の下敷きになって死ぬのだなどと言いながら。
「奏人さんは本に囲まれてると安心なんだな」
暁斗はベッドに座り、奏人の背中を見ながら言った。彼は肩越しに振り返る。
「そうかも、でも暁斗さんも知ってる通り、実家はそんなことないのにね」
「大学生になってからだろ?」
「あ、でも高校生の頃にはもう、外国の凄い図書館とかに憧れてた」
変わった高校生だったんだろうなと、暁斗は可笑しくなる。そもそも奏人のような人種とは、これまで遭遇したことがなかった。何をやらせても一流で、一見他人を寄せつけない空気感を纏う美貌のひと。
部屋の扉がやや荒っぽく開いた。奏人はそちらを見たが、暁斗はやって来たのが妹であることを察していた。
「いちゃいちゃしてないで……って今夜はいちゃいちゃしてないのね、お母さん今入ったから、お風呂の用意してね」
晴夏は言うと、おやすみ、と手を振ってその場を去った。暁斗は軽く首を捻った。
「いちゃいちゃしてたことなんかあったか?」
「あ、僕が帰国して初めてここにお邪魔した時のことじゃないかな?」
奏人は苦笑気味に言った。記憶を辿った暁斗は、そういえばベッドの上で一緒にいた時に、晴夏が入ってきたことがあったと思い出す。暁斗に言わせれば、確かに自分の膝の上に奏人を座らせていたが、別にいちゃついていた訳ではない。
「ああ、あの時か……今もそうだったけど、人の部屋の扉を開けるのにノックしないからだ」
「僕の家も誰かの部屋に入るときにノックはしないけど」
「奏人さんの家は襖じゃないか、ああいう家は時代劇みたいに、失礼いたしますって呼びかけてから開けるの?」
帯広の奏人の実家は、立派な日本家屋である。防寒対策が必要な北海道でもこんな家があるのかと暁斗は驚いたが、外側に面した壁は厚く、二重窓になっており、寒さは感じなかった。
奏人の苦笑は続く。
「それ1階だけだよ……お客さんがいる時は失礼しますとか開けますとか言うかな」
「あっでも2階の奏人さんの部屋に、勇人さんがノック無しで入ってきてびびったことあった」
「でしょ? あの時こそちょっといちゃつきかけてたよね、勇人が明らかに引き気味だった」
奏人の弟の勇人は気のいい人物で(気の毒にも、それを亡き父親に間抜け呼ばわりされていたらしい)、兄の随分年上の同性の恋人にも懐いてくれている。だがキスしようとしていた2人を見た時は、目を真ん丸にしていた。認めて理解していても、男同士がそういう雰囲気になっているのを目の当たりにしたら、初めてなら驚くだろうと思う。
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