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教えて! 高崎先生
4月下旬 GW前⑦
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帰り道、学生寮に住む泉谷とはすぐに別れなくてはいけなかったが、公美子とはしばらく一緒なので、深雪は高校時代の友人たちとおかしなことになってしまった話を彼女にしてみた。ああ何かわかる、と公美子は眉の裾を下げた。
「既に卒業式の時に、志望校受かった子ともう浪人決定の子と、まだもう一つ試験残してる子がいて、旅立ちにしみじみする雰囲気ちょっと無かったもん」
「ああ、わかりみ……」
「そんな話聞いたら、やっぱしばらく高校時代の友達とは距離置くのが正解と思うわ」
公美子が同じような気まずさを感じていて、もう自分の中で結論を出していることに驚いた。彼女は深雪より大人なのかもしれない。
「でも大学生活に振り回されて疲れたりしたらさぁ、高校時代の友達と会いたくなるのはしゃあないよね」
深雪は公美子の言葉を聞きながら、先週、新しい環境に満足感を滲ませつつも、実は皆そんな思いを抱えて集まっていたのではないかと思い浮かぶ。少なくとも深雪は、新しい場所への毎日の通学や慣れない授業に疲れているし、人間関係だって、楽しくともまだ気は遣う。
「考えさせられるわ……そんでいざ会って何なんってなってたら世話無いな」
深雪はため息混じりに言った。しばらくつかず離れずやで、と公美子は言う。
「話を聞いてる限りやったら、小嶋さんは3人ともとまだ繋がってる訳やから、冷却期間おいて緩く取り持っとけばいいんちゃう? 怒りってさ、名誉や命にかかわってなかったら、そんなに長続きせんやろし」
「なるほど……今すぐ何とかしよと思うのは良くないか」
少しすっきりした礼を公美子に伝え、先に電車を降りる彼女を見送った。そして深雪が近鉄からJRに乗り換えた時、スマートフォンが震えた。
学籍番号のアドレスへの着信で、メールのドメイン名が大学なのでぎょっとした。授業の提出物で何かやらかしたかと思ったが、kanatakasakiとあるのを見て、高崎の教員としてのアドレスのようだと察する。
高崎は先ほど文芸部の活動時間に世話になった(深雪にすればむしろこちらが世話になったのだが)ことの礼を述べてから、極めて個人的な例として、自分の若い頃の話を書いてくれていた。
高崎は高校2年の時に、諸事情で都会の進学校から地元の公立高校に転学せざるを得なくなったという。当時とても不本意で鬱々としている中、前の高校の、高崎としてはさして親しいと思っていなかった生徒から手紙を貰った。嬉しかったけれど、前の高校のことはすべて忘れたかったので、彼が3度くれた手紙の全てを無視した。
その後彼は東京の音楽大学に進学し、国内で名を知られるバリトン歌手になった。音楽雑誌のインタビューで、彼が敢えてオペラではなく、歌曲を歌う声楽家になろうと決意した理由を語っていた。高校時代にピアノの上手な生徒に何度か伴奏をしてもらい、自分の何かを引き出してくれるその生徒の伴奏が忘れがたく、ピアノと一対一で歌をつくりあげる楽しさを知ったことが、理由のひとつだったかもしれない。彼がそう答えているのを読み、自分のことだとすぐにわかり(高崎はピアノも弾けるらしい)、高崎は彼からの手紙を無視したことを後悔しているという。
これは特殊な例だと前置きしながら、高崎は続けていた。環境が変われば、新しい環境が大切になるのは当然で、前の世界を疎ましく思うこともある。でも前の世界があって今の自分があると絶対に人は気づくものなので、それが利他のふりをした利己的行為であっても、繋がりを残す手立ては持っておいたほうがいいかもしれない。
「私は自分には友人やらは必要ないとずっと思って生きてきた人間で、パートナーは真反対です。彼の話を聞いていて、鬱陶しくないのかなと思うこともありますが、やはり人間関係を大切にしている人は魅力的で、引き出しが多いと思います。もし小嶋さんが今、これまでの人づきあいをリセットしたいと考えていて、それが所謂いじめのようなものが理由でないのなら、ちょっと待ってみてください。人と人とのことは、結論を急ぐと良くないことも多いからです(自分に非があると思うのなら、謝罪は早くしたほうがいいですが)。」
最後まで読む前に、画面の文字が滲んで見えなくなった。何があったのかはっきり伝えていないのに、深雪が胸のうちに隠し持っているものを見ているようなメールだった。
こんな幼稚でちっぽけなことに、真面目に答えてくれる公美子や高崎の存在が有り難かった。仮に実花がかつての高崎のような立場であったとしたら、手を離すことは彼女のためにならないかも知れない……いや、そうではなく、自分が手を離したくないなら、諦めなければいいのだ。
真優子と佳代が実花との関係をこれからも望むかどうかは、彼女らの問題。でも私は、できたらこれからも4人で集まったりしたい。私にはちょっと荷が重いけど、何とか3人の関係が切れないように立ち回る。だって、私がそうしたいんやから。
スマートフォンを見ながら泣いている自分のことを、周りの人がちらちら見ていた。深雪はハンカチを出して、そっと涙を拭く。そして思った。泣きながら手を振るあきとさんの絵からつくる物語は、ハッピーエンドにする。「彼」はきっと、愛する人を手に入れるのだ。
「既に卒業式の時に、志望校受かった子ともう浪人決定の子と、まだもう一つ試験残してる子がいて、旅立ちにしみじみする雰囲気ちょっと無かったもん」
「ああ、わかりみ……」
「そんな話聞いたら、やっぱしばらく高校時代の友達とは距離置くのが正解と思うわ」
公美子が同じような気まずさを感じていて、もう自分の中で結論を出していることに驚いた。彼女は深雪より大人なのかもしれない。
「でも大学生活に振り回されて疲れたりしたらさぁ、高校時代の友達と会いたくなるのはしゃあないよね」
深雪は公美子の言葉を聞きながら、先週、新しい環境に満足感を滲ませつつも、実は皆そんな思いを抱えて集まっていたのではないかと思い浮かぶ。少なくとも深雪は、新しい場所への毎日の通学や慣れない授業に疲れているし、人間関係だって、楽しくともまだ気は遣う。
「考えさせられるわ……そんでいざ会って何なんってなってたら世話無いな」
深雪はため息混じりに言った。しばらくつかず離れずやで、と公美子は言う。
「話を聞いてる限りやったら、小嶋さんは3人ともとまだ繋がってる訳やから、冷却期間おいて緩く取り持っとけばいいんちゃう? 怒りってさ、名誉や命にかかわってなかったら、そんなに長続きせんやろし」
「なるほど……今すぐ何とかしよと思うのは良くないか」
少しすっきりした礼を公美子に伝え、先に電車を降りる彼女を見送った。そして深雪が近鉄からJRに乗り換えた時、スマートフォンが震えた。
学籍番号のアドレスへの着信で、メールのドメイン名が大学なのでぎょっとした。授業の提出物で何かやらかしたかと思ったが、kanatakasakiとあるのを見て、高崎の教員としてのアドレスのようだと察する。
高崎は先ほど文芸部の活動時間に世話になった(深雪にすればむしろこちらが世話になったのだが)ことの礼を述べてから、極めて個人的な例として、自分の若い頃の話を書いてくれていた。
高崎は高校2年の時に、諸事情で都会の進学校から地元の公立高校に転学せざるを得なくなったという。当時とても不本意で鬱々としている中、前の高校の、高崎としてはさして親しいと思っていなかった生徒から手紙を貰った。嬉しかったけれど、前の高校のことはすべて忘れたかったので、彼が3度くれた手紙の全てを無視した。
その後彼は東京の音楽大学に進学し、国内で名を知られるバリトン歌手になった。音楽雑誌のインタビューで、彼が敢えてオペラではなく、歌曲を歌う声楽家になろうと決意した理由を語っていた。高校時代にピアノの上手な生徒に何度か伴奏をしてもらい、自分の何かを引き出してくれるその生徒の伴奏が忘れがたく、ピアノと一対一で歌をつくりあげる楽しさを知ったことが、理由のひとつだったかもしれない。彼がそう答えているのを読み、自分のことだとすぐにわかり(高崎はピアノも弾けるらしい)、高崎は彼からの手紙を無視したことを後悔しているという。
これは特殊な例だと前置きしながら、高崎は続けていた。環境が変われば、新しい環境が大切になるのは当然で、前の世界を疎ましく思うこともある。でも前の世界があって今の自分があると絶対に人は気づくものなので、それが利他のふりをした利己的行為であっても、繋がりを残す手立ては持っておいたほうがいいかもしれない。
「私は自分には友人やらは必要ないとずっと思って生きてきた人間で、パートナーは真反対です。彼の話を聞いていて、鬱陶しくないのかなと思うこともありますが、やはり人間関係を大切にしている人は魅力的で、引き出しが多いと思います。もし小嶋さんが今、これまでの人づきあいをリセットしたいと考えていて、それが所謂いじめのようなものが理由でないのなら、ちょっと待ってみてください。人と人とのことは、結論を急ぐと良くないことも多いからです(自分に非があると思うのなら、謝罪は早くしたほうがいいですが)。」
最後まで読む前に、画面の文字が滲んで見えなくなった。何があったのかはっきり伝えていないのに、深雪が胸のうちに隠し持っているものを見ているようなメールだった。
こんな幼稚でちっぽけなことに、真面目に答えてくれる公美子や高崎の存在が有り難かった。仮に実花がかつての高崎のような立場であったとしたら、手を離すことは彼女のためにならないかも知れない……いや、そうではなく、自分が手を離したくないなら、諦めなければいいのだ。
真優子と佳代が実花との関係をこれからも望むかどうかは、彼女らの問題。でも私は、できたらこれからも4人で集まったりしたい。私にはちょっと荷が重いけど、何とか3人の関係が切れないように立ち回る。だって、私がそうしたいんやから。
スマートフォンを見ながら泣いている自分のことを、周りの人がちらちら見ていた。深雪はハンカチを出して、そっと涙を拭く。そして思った。泣きながら手を振るあきとさんの絵からつくる物語は、ハッピーエンドにする。「彼」はきっと、愛する人を手に入れるのだ。
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