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教えて! 高崎先生

4月下旬 GW前⑥

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「それで皆さん、私の絵をもとに創作してくださるということなんですけれど、絵の元々の背景などは無視していただいていいですよ……重野先生も自由な発想で書いてもらいたいとおっしゃってましたし、いろんな媒体からインスピレーションを得る一種の訓練になればいいと私も思います」

 耳に心地良い高崎の声を聞きながら、実はこれは難しい創作方法なのではないかと、深雪は考えていた。自由に発想してもいいといっても、絵のイメージからあまりにかけ離れたものを書けば、読み手に受け入れられないだろう。深雪は自分の選んだあの絵から、恋人への想いと、やむを得ない理由でこれ以上近づけない歯痒さやじれったさを感じ取った。ではそれをどんな物語に落とし込めばいいのか。
 飲料片手に、数人ずつ高崎と打ち合わせを進める。1回生も最後に、遠慮気味に彼の前に座った。物怖じしない公美子がまず口火を切る。

「えっと、私はソファで爆睡してるあきとさんを使わせていただきたいです」

 公美子が示したインスタの画面には、ソファにうつ伏せて左手をだらりと落とす、スウェット姿のあきとさんがいた。高崎はそれを見てぷっと吹き出した。その表情にさえ、深雪は見惚れてしまう。

「これ本人も最初ちょっとやめてくれって言ってたんだけど、こうしてみると我ながら名作ですね……あ、泉谷さんも彼なんだ」

 泉谷のスマートフォンの画面に首を伸ばした高崎が言う。泉谷は、迷ってます、と伝えた。

「パートナーさんか、こっちの後ろ姿の男性か」
「あ、去年のお花見シリーズって勝手に名付けてるやつです……後ろ姿の人はね、東京で創作居酒屋を経営してる人で……ゆっくり決めてください」

 最後に深雪が画面を見せると、高崎は普段教壇で見せない表情になった。切なさのような、愛おしさのようなものをそこに感じた。

「これは私にとっても大切な1枚なんです、帰国して初めて彼の顔を見た時の絵なので」
「あ、はい、大変な時期やったんですね……説明にもそのように」

 高崎は長い睫毛に縁どられた目を、深雪に真っ直ぐ向ける。力のある瞳に、圧倒された。

「絵が発するメッセージが強いと思いますけど、全然別のシチュエーションで書いてくれても構いませんよ……それと」
「はい」
「さっき受けた質問ですが、あの言葉はどちらかというと社会学的な色合いが強いので、純粋に個人と個人との関係に当てはめると、ちょっとしんどいかもしれませんね……でも相手のために思ってやったことが、結果的に自分を利するためだけの行為になっていたということは、普通によくあります」

 深雪は思わずあ、と声を洩らした。

「……やっぱりそうですよね、ありがとうございます」
「大学生になって人間関係が変わってきたんだと察しました、また後でメールも送ります」

 高崎の表情は、優しかった。大きな黒い瞳に、慈悲深い光が宿っている。

「哲学は自分で答えを探すための手段のひとつです、でもどれだけ考えても答えが出なくて、悩みが深くなると本末転倒ですから、周囲に相談するのも大切ですよ」

 ふと、涙が出そうになるのを深雪は感じる。もう高校時代の交際は一旦横に置こうと思いながら、そうできずに心の底で澱ませている自分に気づいた。思わず手の中の、はちみつレモンのペットボトルを両手で握りしめる。

「すみません、ありがとうございます」

 鼻の奥がつんとするのを堪えながら、深雪は高崎に頭を下げた。公美子と泉谷が何事、という目で見ているのがわかったので、後で何て説明するかなぁ、とやや面倒くさくなった。
 ひと通り高崎との面談が終わり、結局全員が彼のインスタの絵をもとに中編を書くという話に収まった。選択した絵が文芸部全員の中で被っていないことに、一同は驚嘆する。

「面白いですね、皆さんひとりひとりの着眼点が違って個性があるってことがはっきりしたから、仕上がりが楽しみです」

 高崎は心から楽しそうで、白い頬をほんのりとピンク色に染めていた。文芸部の者たちはそんな彼から目が離せなくて、彼が教室を辞した後もおかしな興奮が残り、なかなか作業に戻ることができなかった。
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