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教えて! 高崎先生

4月中旬

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 入学式の時に半分以上散っていた桜は、その葉を青々させ始めていた。日差しは眩しく、もうつつじの蕾がほころびかけている。深雪みゆき大和やまと女子大学に入学して3週間、何が何やらよくわからないまま、大学生活が進んでいる。
 深雪は高校時代、エッセイ・小説部に入りたかったが、どうしても好きになれない同級生が所属していたので、諦めた。だから大学生になったら、物書きができるサークルに入ろうと決めていた。深雪は、文芸部という如何にも知性を感じさせる部活名も、大阪からの自宅通学でも無理なく参加できる週に3日という活動ペースも、威圧感を感じさせない先輩たちも、感じの良い顧問の先生(国文学科の教授だが、一度しか会っていないため、名前を覚えていない)も好ましいと思っている。共学の大学に行っている高校の同級生が、出会いを求めてがっついているのを尻目に、のんびりかつ充実した女子大生活の布石を打ったと、勝手に満足していた。
 履修登録は無事済ませた。これはひとえに、文芸部の諸先輩方のおかげである。先輩が授業の情報をやたらと伝えてくれることに、深雪は驚いた。この大学は偏差値が控えめに言っても高く、大学に部活に来ているとか、バイト優先などと豪語する親不孝者(少なくとも深雪はそう考えている)は、おそらくいない。でも、どんな先生がどんな教え方をするのか、また単位を取りやすいかどうかは、学生生活において大切なことのようだ。
 一般教育の単元は、その存在に賛否両論あるものの、やはり教養として大切だとこの大学では位置づけられていた。そのため、各学部の結構ベテランの先生方が担当しているらしいのだが、その中にひとつ異彩を放つコマがある。
 金曜3限、哲学概論。文芸部の2回生は、皆この科目を推した。理由その1は、担当の先生が目の保養になるから。それを聞いた深雪は、この大学の学生でもこんなことを言うのかと驚き呆れた。理由その2は、分かりやすいから。哲学なんて何を学ぶのかさっぱりわからない新入生が受講者の大半なので、これは大切なことだ。理由その3は、きちんと出席して(遅刻は15分まで許される)テストが白紙提出でなければ、単位を失うことはないようだから。
 毒舌の先輩たちによると、大学の先生方にはれっきとした身分制がある。教授、准教授が正規の教員で、この人たちは地位を保証されているが、講師はそうではない。3年とか5年とかの任期がある人は、それが切れると、有無を言わせず大学をおさらばさせられ、ひとコマ幾らで教えに来ている非常勤の先生方は、大学からさようならと言われないかどうか、年度末が来る度にどきどきしなくてはいけないらしい。
 哲学概論の担当の先生は、他の一般教養の授業を受け持つ先生方とは違い、身分の低い「講師」である。一昨年まで哲学を教えていた教授が退官し、その代わりにやって来た。東京の有名私大を出た後、社会人生活を経てアメリカの大学で修士号を取った変わり種だという。

「でもめっちゃ優秀らしいわ」
「らしいな、英語の論文何本か出してはるって」
「見かけも中身もカッコ良過ぎひんか?」

 とある金曜の昼休み、文芸部のクラブボックスで、その講師がひとしきり噂になった。

「ほんま綺麗な顔してはるからな、あれがゲイって惜し過ぎるわ、人間社会のある意味損失やな」

 損失て、と数名の部員が突っ込んだ。しかしその3回生は、大真面目な顔で言った。

「だって先生のDNAを受け継ぐ子どもは現状産まれへんねんで、あんな綺麗な顔と優秀な頭脳が先生限りとか、大損失やろ」
「いやいや……先生の精子冷凍保存しといたらええんちゃうの?」
「うわ、私先生の精子欲しいです」

 2回生の発言に、ボックス内に笑いが起きた。

「あんたが欲しいの先生の精子だけちゃうやろ!」
「はい、できれば種付けしていただきたいです」
「それはあかんわ、先生にも選ぶ権利ある」
「うるさいですよ!」

 歴史と伝統を誇る才媛の園も、ひと皮むけばこんなものである。

「先生ほんまに男しかあかんのかなぁ」
「お相手どんな人なんかな」
「先生もええとこの子って感じしますから、きっとスパダリですって」
「いやいや、ヘタレヒモで先生が養ってるとか萌える」

 文芸部の面々は、下手に読書量の多いことが災いして、深雪を含め、皆頭でっかちで耳年増だった。男女(あるいは男同士、女同士)の恋愛話も、ほぼ妄想でかたがついてしまう。
 くだらない話が進む間に、3時限目の開始時刻が近づいた。深雪は2人の同期とともに、クラブボックスを出てグラウンドを回り、文系の校舎に向かう。
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