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きみががんばってるから

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「さっきの書店にいらしたんですよね、どんな本を探してらっしゃるんですか?」

 奏人は紅茶をオーダーしてから、河島に尋ねる。河島はさっき暁斗に話したのと同じことを奏人に伝えた。

「私は元々クリスチャンじゃないですから、どんなものを読んでおくべきなのかを、家人や教会の先生に訊いてみまして……」
「神学院に入る前から勉強されてるんですね、すごい」

 奏人が卒業した大学もミッションスクールで、こちらには神学部がある。奏人は神学院なる学校で何を勉強するのか、多少知っているようだった。

「私の専攻は中世以降の西洋哲学なんです、神学とは切り離せない部分も多々あって」
「そうですか、私も教えてもらわないといけないなぁ」

 奏人と河島は、意外なことに学んでいる内容に類似点があるらしく、話を弾ませ始めた。俗人の暁斗にはやや難しいが、初めて知り合った者同士の話が合うのは悪いことではないと思う。
 2人の話を聞いていて、奏人がいなければ、十数年ぶりに会う友人との距離を、こんなに早く縮められなかったかもしれないと暁斗は思った。奏人はかつて副業で接客をしていたし、今も学生に教えているからだろう、初対面の相手でも会話を引き出すのが上手だ。河島は明るく気持ちの良い人物だが、自分からそう積極的に人に話しかけるタイプではない。営業をしていたので彼も変わっただろうが、こうして見ると、聖職者には河島より奏人のほうが合っていそうである。

「なあ河島、牧師の仕事って主に何なんだ?」

 奏人の紅茶がテーブルに来たので、暁斗は河島に訊いた。彼はそうだなぁ、と前置きする。

「教会を守るというか、実際的に管理することと、教会に来る人の話を聞くこと、クリスチャンじゃない人に教えを伝えること……じゃないかな」
「それでぶっちゃけ食って行けるのか?」
「もちろん年収は減るよ、考え始めてから子どもたちのために頑張って貯金したけど、厳しくなるかもしれない」

 それでも、その道を行くのか。暁斗は感心したが、同時に心配にもなる。奏人がそっと言った。

「河島さんがキャリアチェンジしてまで神さまにお仕えする気になったのはどうしてですか? 差し支えなければ聞きたいです」

 これに河島は、はっきり答えた。

「2人目が生まれた時に、学生時代に受洗しようと思ったときと同じ気持ちになったんです、自分は神さまに生かされている……それを知ることで得られる絶対的安心感があるんですけど、それを自分だけのものにしておくのはもったいないなと思って」
「……そんな前から決めてたのか」

 思わず暁斗が言うと、河島は暁斗のほうを向いて笑う。

「自分の中ではね、でもやっぱり踏み切れなかったんだよ、家族のためにはサラリーマンでいるほうが経済的には安心だし……でもほら、さっきも言っただろ、桂山が逆風の中で頑張ってるの知ってさ、俺もやるわってなった」

 暁斗は驚く。友人は随分と、自分の活動を美化して見ているらしい。

「おいおい、俺は別に逆風の中で必死になってなんかいないぞ、社会的な理解も大きくなって来たし……誤解だ」
「少なくとも牧師はマイノリティではないんだよ、桂山」

 河島が言うと、奏人は静かに続いた。

「そうですよね、キリスト教国では聖職者はコンプリートマジョリティと言えるかも」
「ええ、過剰な権力を持ってる時代もあったし、今でも性的マイノリティを迫害する側に回ることもある」

 暁斗は言葉を返せない。では自分たちの存在は、河島を悩ませることになるのだろうか? 友人は続けた。

「俺の宗派には女性の司祭もいるし、同性愛にも寛大だ……M to Fの司祭さんもいる、だから桂山や高崎さんの援護射撃をしたい」

 河島はきっぱりと言い切った。それを見て暁斗は、じんとしてしまうのと同時に、ふわっとした空気の持ち主であるこの旧友が、実は腹の中に硬質の意志を潜ませていることを知ったのだった。彼がちょっと眩しく思えた。



「河島さんはきっといい司祭……牧師さんになると思う」

 奏人は本の入ったエコバッグを揺らしながら、暁斗に寄り添い歩く。暁斗は同意した。

「俺あいつが学生時代に何で改宗したか、聞いたことなかったんだよな……訊いていいものなのかわからなくて」
「河島さんも、若い時は言葉にできなかったかも知れないよ? そういうのCalling、召命しょうめいって言うと思うんだけど、振り返ったらあの時……ってことも多いらしいし」

 暁斗は召命、と、その聞き慣れない言葉を呟いてみる。奏人は明るく言った。

「恋愛も召命みたいなものだって言うよね、少なくとも僕は暁斗さんと最初に会った時、ちょっとそんな感じあったから」

 自認はノンケだったのに、奏人にほとんど一目惚れした自分もそうだと暁斗は思う。

「河島さんが司祭按手あんしゅを受けたら、お祝いしてあげようね」
「そうだな、神学院で3年勉強してまだちょっとかかるって言ってたから、えらい先だけど」
「あっという間だって」

 奏人を見ると、マスクの上の黒い瞳が笑っていた。そうかもしれない。だってアメリカにいる奏人を待った3年半も、今振り返ればあっという間だったから。
 だから、毎日を大切にしないといけないな。暁斗も今日は少し、深いところで感じたのだった。



《きみががんばってるから 完》
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