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きみががんばってるから

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 弾圧という言葉に暁斗は笑った。

「まあとにかく先生に会えたら、予定訊いておいて……先生の都合を聞かないと、動けないし」
「わかった」

 2人して紅茶に口をつけつつ、お互いの近況を披露しているうち、暁斗と同じくらい自発的社畜だったはずの河島が、仕事や会社の話を全くしないことに気づいた。彼は一部上場の食品メーカーの営業マンで、仕事が楽しいと以前話していただけに、暁斗には違和感があった。
 事情があって転職したのだろうか? 感染症の蔓延で失職した人も多い。もしかすると、この数年きつい思いをしていたのかもしれない。暁斗は尋ねるべきではないだろうかと、迷う。
 すると、ティーカップを皿に戻した河島のほうから、暁斗の訊きたいことに答えてくれた。

「俺実はさ、3月で仕事辞めるんだ」
「……そうなのか」

 やっぱり、と暁斗は思ったが,河島が続けた言葉にはかなり驚かされることになった。

「牧師になろうと思ってて」
「えっ? ……こんな歳からでもなれるのか、あと経営学部卒なのに?」

 神学部か何かで専門的な教育を受けないといけないらしいことくらいは、暁斗も知っていた。母校はミッションスクールだが、牧師を養成する学部は無かったと記憶する。
 河島は人の良さそうな笑顔になった。

「4月から神学院で勉強することが決まってる」
「マジか、やっぱりこれから勉強するんだ……」

 それは暁斗にはかなりのチャレンジに思われた。しかし河島は、最近早めにリタイアして、聖職者を目指す人も多いと話す。

「まあだから、若い牧師が減ってるのが問題になってるんだけど……俺の年齢でも若いほうだって歓迎されてる」

 義家族はクリスチャン一家で、身内に牧師もいるために、やはり反対どころか大歓迎らしい。40代の子持ちの男性の転身を妻たちが応援してくれるのは素晴らしいと思うが、そういう世界もあるのだなと、暁斗は驚きを禁じ得ない。

「頭おかしくなったのかと言いたげだなぁ」

 苦笑する河島に言われて、暁斗は思わず背筋を伸ばす。

「いやいや、社畜仲間が減るのが寂しいだけだ」
「俺の父親は反対というか、呆れてるけどね」

 うーん、と暁斗は正直な思いを口にした。

「俺に息子がいたとしたら、40代のキャリアチェンジには諸手を挙げて賛成はできないかも……でも奥さんが賛成ならいいんじゃないかなと思う」
「桂山は茶を濁すみたいな発言しないから好きだわ」

 褒められていると受け取ることにする。旧友は続けた。

「俺の会社の人事さ、桂山が会社で参加してるマイノリティのための相談室のニューズレター受け取ってて、たまに社内報に転載してくれるんだよ」

 暁斗はへぇ、と思わず言う。データで社外にニューズレターを配布するようになってから、配布先を100パーセント把握できなくなっていた。

「隔月で桂山が何か書いてるって知ってから、人事に頼んでデータ貰ってて」
「えーっ、そうなのか……」

 河島は文章巧者で、大学4回生の時に、卒業論文とは別のもので、学生論文大会の賞を受けている。岡田教授は、自分のゼミから初めて受賞者が出たととても喜んでいた。
 そんな人物の目に触れていたと思うと、ちょっと気恥ずかしくて、暁斗は肩をすくめる。

「ちょっと考えないといけないかな、あんな緩い日常エッセイじゃ……」
「え、日常だからいいんじゃないの?」

 河島は軽く身を乗り出してきた。

「俺さぁ、桂山がカミングアウトして、アメリカにいるパートナーさんのことずっと待ちながら、営業先でそのこと揶揄からかわれたりして、でも明るく受け流してるの読んで、何かすげぇ心打たれた的な感じあって」

 その時店員が、奏人を席に案内して来た。愛用している本用のエコバッグを右手にぶら下げ、奏人は暁斗に笑いかけた。

「あ、奏人さん、俺のゼミの同期の河島圭志さん」
「初めまして、高崎奏人です」

 いつものように奏人は頭を下げて、丁寧に挨拶した。

「俺の連れ合いだよ」

 暁斗は腰を浮かせた河島に、奏人を紹介した。河島は背後に現れた美貌の年齢不詳男子に、ぽかんとする。

「えっと、初めまして、河島です……大学で教えてらっしゃるんですよね」
「はい、非常勤で1日数コマだけですが」
「桂山に学者のパートナーができるなんて、想像もしませんでした」

 言われた奏人は、学者だなんて、と笑いながら暁斗の横に座る。
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