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スウィーツ・エキスパンド・アット・コーベ

14:00

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 何となく日差しを避けながら歩いていくと、奏人があれかな、と言って、突如現れた鳥居の前で立ち止まった。道を挟んだ向かいに、1階にアーチ屋根のついたビルが見えた。建物は黒っぽいが、1階の装飾が赤い色なので、暁斗の目にはやや毒々しく映った。しかし奏人は、別の感想を述べた。
「可愛いね」
 看板にHOTELとあるのを見て、暁斗は目を瞬く。
「……ホテルなの?」
「ほんとだ、泊まれるんだ……あ、みんな入ってくよ、行こう行こう」
 暁斗は奏人に腕を引かれて道を渡り、ちょっと謎めいた建物を目指す。女性たちが建物の1階の真ん中に次々と吸い込まれていく。暁斗は微かに嫌な予感がしたが、店の自動ドアをくぐると、やはり広々とした店内に座っていたのは女性客ばかりだった。数少ない男性客の向かいにも、もれなく女性が座っている。
「奏人さん、女の人とカップルしかいませんが……」
 暁斗はこそっと横に立つ恋人に囁いたが、彼はえ? と無邪気な声をあげ、暁斗を見上げた。
「僕らもカップルじゃん」
「いやまあそうなんですけど」
 男性の店員が声をかけてきたので、もう引き返せなくなった。意外にも喫茶はセルフサービスだということで、暁斗はパウチされた席取りカードを店員から手渡され、注文の手順を丁寧に教えてもらった。奏人はケーキの並ぶショーケースに早速視線を遣っている。
「美味しそう……」
「奏人さん、席を確保するのが先だよ」
 暁斗は珍しくはしゃぎ気味の奏人に声をかけて、2階席に向かうカーブした階段を上がった。明るく開けた2階のフロアもほぼ満席だったが、窓際のテーブル席が空いていた。
「ソファの席がいい?」
 暁斗は奏人に訊いた。彼がどっちでもいいよ、と応じたので、席取りカードをテーブルに置いた。次々と下からやって来る客がうろうろしているので、迷っていては座れなくなる。
「……このカードを置いておくだけで大丈夫なんだろうか」
 暁斗は心許なさを覚える。奏人は目を丸くした。
「暁斗さん、きっとここに来るお客さんは、他人の置いたカードを勝手にどかして席を奪うような品の無いことはしないんだよ」
「そんな発想をする俺が下品?」
「そうは言わないけど、それを気にしたらこのシステムは成立しない」
 確かにそうかと暁斗は思い直し、奏人について1階に降りた。注文口は長蛇の列で、普段ならこんなところに絶対参加しない暁斗だが、旅行先でもあるし、奏人の選んだ店なので、のんびり構えることにする。並ぶ間に、注文方法の解説を読みなおし、きちんと理解することができた。
 奏人は茶色のトレイを手に、数種類のケーキが並ぶケースを首を伸ばして眺めている。その楽し気な横顔を見ながら、暁斗まで嬉しくなる。急な計画だったが、足を延ばして良かった。
 暁斗は左手に見えている物販カウンターを覗き込み、実家にお土産を送ってやろうかとふと思いついた。この洋菓子店は東京の百貨店にも出店しているが、数は多くない。妹の晴夏はともかく、父や母は口にしたことが無いかも知れない。
 暁斗が奏人にお土産の話をすると、予想外に彼は乗り気になった。
「明日は母の日だし、ちょうど良くない?」
「ほんとだな、帯広のお義母さんにも何か選ぼうか」
「あ、北海道にこの店無いからいいかも」
 奏人の実家の近くには、北海道を代表する菓子店の本店がある(去年の年末に奏人の実家にお邪魔した際、暁斗もその喫茶室で焼き立てのお菓子を食した)。それでもやはり、義母は喜んでくれるだろうと奏人は言った。
 ショーケースの扉が手に届く場所まで列が進んでくると、奏人のテンションが上がった。
「わぁ暁斗さんどれにする? 違うの取ってシェアするよね? 僕、これ……」
 見かけはシンプルだが、素朴で美味しそうなケーキばかりである。ショートケーキの柔らかそうなスポンジも、チョコレートケーキのつやつやしたコーティングも魅力的だった。奏人がショーケースから取り出したのは、パイのような生地にカスタードクリームを詰め、苺を飾りつけたケーキである。暁斗は目移りして困る。
「どれにしよう」
「あ、暁斗さんはこういう時迷って決められない人だったね……チョコレートかレアチーズにしたら、って一応提案」
 暁斗は丸っこいレアチーズケーキの皿を取った。表面のなめらかさが食欲をそそった。
「で、水色のトレイのお菓子を選ぶ……」
 奏人とふたりして、ショーケースの隅を覗き込む。そこにはプリンやゼリーが並んでいた。奏人はコーヒーゼリーの入ったカップを手に取り、暁斗はストロベリーのムースらしきものを選んだ。上手いこと考えているな、と暁斗は思う。セルフサービスの良さを生かしている。自分で選んで手に取る楽しさが、そこには確かにあった。感染症の拡大のピーク時は、どう対応していたのだろうか?
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