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きみは、もう、ここに、いない

2-②

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「もちろん、向こうが拒んだ場合は諦めてくださいね」
 結城は笑って流そうとしたが、さっきから脳裏にその面影がちらついているスタッフの名が、ぽろりと出てしまう。
「かなと……かなとに会いたいかな……」
 神崎の表情が柔らかくなる。まるで結城のその返事を予測していたようだった。
「かなとは元気です、アメリカに留学したのは御存知でしたよね? 去年の秋にやっと帰ってきて、まだ博士論文を書かないといけないらしくて、パートタイマーで働いています」
 そんな個人情報を自分にぺらぺらと話していいのか。結城は神崎に対して思ってしまうが、彼女は自分を信頼して話しているのだと考え直す。
「彼は今パートナーと暮らしているので、会ってくれない可能性も少しあります」
 パートナー。その言葉に結城は軽くショックを受けた。そして自分に嘲笑する。傷つくこともあるまい、別にかなとは僕の恋人だった訳じゃない。
 最後にかなとを指名したのは、彼がディレット・マルティールからの「卒業」を発表した後、律儀にも彼が全ての顧客に順に会っている最中だった。5年前、2年ぶりに会ったかなとは、相変わらず童顔ではあったが、何処か垢抜けた空気と、結城の知らない色香をまとっていた。あれは……心に決めた相手がいたからだったのか。
 年の瀬が近かったあの夜、かなとは学生時代から自分を贔屓にしてくれたことへの感謝を結城に伝え、深々と頭を下げた。そしていつものように、いや、いつも以上に丁寧に、手と口を使って楽しませてくれた。彼はプライベートではそんなに経験は無さそうなのに、とても器用で、緩く心地よく会話しながら、あっという間に結城を天国に連れて行ってくれる。美しい容姿や知的な言葉遣いも気に入っていて、結城のいち推しスタッフであり続けた。
「かなとにとっても結城さんは良いお客様だったと思いますので、会うと言いそうですけれど……パートナーもあの子が風俗店の売れっ子だったことを知っていますから、かなとが会うと決めれば反対はなさらないでしょう」
 神崎は言いながらキーボードを叩き始めたが、結城の顔から視線は外さない。かなとの名に自分がどんな反応を見せるのか、ディレット・マルティールの経営者としてではなく、臨床心理士として観察しているのだろう。
 30分ほどの診察ののち、神崎に礼を言って部屋を辞した。3週間後の診察の予約を取り、処方箋を受付で受け取る。再診でも時間を取ってくれることや、薬を換え減らしてくれたことで、結城は神崎を医師としても信用していた。ただ睡眠薬だけは、まだ手放せそうになかった。何処ででもぐっすり眠れることが自慢で、それが自分の事業の拡大を支えていたのに。
 薬局で処方を待つ間、結城はいつになく気持ちが晴れやかなことを自覚していた。かなとは会ってくれるだろうか。神崎はかなとの返事がイエスでもノーでも連絡をすると言ってくれた。ここ2年間、何かを楽しみに待つことなど皆無だった結城は、ノーと返事をされたら落ち込みそうで、それがちょっと怖かった。
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