66 / 386
早春の言祝ぎ
20:10③
しおりを挟む
「結婚式に出たらカップルは仲良くしたくなるってほんとなんだ……」
「……奏人さんだってトイレで抱きついて来ただろ」
「暁斗さんが抱きしめて来たんじゃなかった?」
暁斗が反論する前に、奏人は唇を暁斗のそれに押しつけてきた。一緒に暮らし始めてから、何度となくこうして唇を重ねているけれど、少なくとも暁斗は飽きることを知らない。
「暁斗さんが僕と並んで歩くことをずっと意識してくれてるのが嬉しかった」
「奏人さんは俺の大事なパートナーだからね、みんなにアピールしたい」
暁斗の言葉を聞いて、奏人は嬉しそうである。しかし次に、鉛筆を握ったままぽつりと言った。
「一緒に暮らして上手くやっていけるのかなって心配だった」
暁斗は軽くどきっとする。それに気づいたのか、奏人はちょっと慌てる。
「違うよ、暁斗さんが相手だからっていうんじゃなくて、僕基本的に独りに慣れてしまってたから、誰かと暮らすこと自体に不安があって」
「この半年面倒くさいこともあったのかな、奏人さん的には」
暁斗の言葉に、奏人は面倒くさいというか、と小首を傾げた。
「岸さんが話してらした感じ? 常に自分以外の人のことを意識して暮らす、一種の違和感というか……嫌じゃないんだよ」
奏人の言いたいことは分からなくもなかった。自分だけで済ますことができない、あるいは済ませてもいいけれど、少し気を遣ってあなたはどうする? と尋ねるひと手間。
「……俺はそういうの幸せなんだけど?」
奏人はそう言う暁斗に微笑する。
「うん、わかる、僕そんな暁斗さんに癒されるから」
暁斗は奏人との生活を、もう半年経つのかと今朝もしみじみとしたが、奏人にとってはまだ半年、なのかもしれないと思う。大学生になって東京に出てきて、がむしゃらに生きてきた後に、感染症拡大の異常事態を外国で経験し、ようやく腰を落ち着けることができる場所にやって来て、まだ半年なのだ。
こういう感覚の違いは、もしかすると年齢の差に根差すものかもしれないとふと思うが、奏人に合わせてゆっくり歩こうと暁斗は改めて思う。
「お風呂の用意しようか、今日は1人ずつゆっくり入る?」
暁斗は立ち上がる。スケッチブックを閉じた奏人はそうだね、と応じてから、秘密でも洩らすように暁斗に顔を寄せる。
「僕これから準備するから、暁斗さんが入れてみる?」
暁斗はへ? と間の抜けた声を出した。奏人は唇の端をきゅっと上げる。
「エッチな気分になってるみたいだし、それもありかなって」
それは……準備とは、これから奏人が後ろを解すということか。暁斗は彼の黒い瞳を見ながら、わかった、とあっさり答えてしまった。お絵描きセットを持って自室にぱたぱたと向かった奏人を見送り、それでよかったのかなと考える。暁斗は女性との経験があり、奏人はネコの立場を経験したことがあるので、ある意味それが自然なのだが。暁斗は給湯器のスイッチを押して、浴室に向かい、浴槽に栓をした。
「……奏人さんだってトイレで抱きついて来ただろ」
「暁斗さんが抱きしめて来たんじゃなかった?」
暁斗が反論する前に、奏人は唇を暁斗のそれに押しつけてきた。一緒に暮らし始めてから、何度となくこうして唇を重ねているけれど、少なくとも暁斗は飽きることを知らない。
「暁斗さんが僕と並んで歩くことをずっと意識してくれてるのが嬉しかった」
「奏人さんは俺の大事なパートナーだからね、みんなにアピールしたい」
暁斗の言葉を聞いて、奏人は嬉しそうである。しかし次に、鉛筆を握ったままぽつりと言った。
「一緒に暮らして上手くやっていけるのかなって心配だった」
暁斗は軽くどきっとする。それに気づいたのか、奏人はちょっと慌てる。
「違うよ、暁斗さんが相手だからっていうんじゃなくて、僕基本的に独りに慣れてしまってたから、誰かと暮らすこと自体に不安があって」
「この半年面倒くさいこともあったのかな、奏人さん的には」
暁斗の言葉に、奏人は面倒くさいというか、と小首を傾げた。
「岸さんが話してらした感じ? 常に自分以外の人のことを意識して暮らす、一種の違和感というか……嫌じゃないんだよ」
奏人の言いたいことは分からなくもなかった。自分だけで済ますことができない、あるいは済ませてもいいけれど、少し気を遣ってあなたはどうする? と尋ねるひと手間。
「……俺はそういうの幸せなんだけど?」
奏人はそう言う暁斗に微笑する。
「うん、わかる、僕そんな暁斗さんに癒されるから」
暁斗は奏人との生活を、もう半年経つのかと今朝もしみじみとしたが、奏人にとってはまだ半年、なのかもしれないと思う。大学生になって東京に出てきて、がむしゃらに生きてきた後に、感染症拡大の異常事態を外国で経験し、ようやく腰を落ち着けることができる場所にやって来て、まだ半年なのだ。
こういう感覚の違いは、もしかすると年齢の差に根差すものかもしれないとふと思うが、奏人に合わせてゆっくり歩こうと暁斗は改めて思う。
「お風呂の用意しようか、今日は1人ずつゆっくり入る?」
暁斗は立ち上がる。スケッチブックを閉じた奏人はそうだね、と応じてから、秘密でも洩らすように暁斗に顔を寄せる。
「僕これから準備するから、暁斗さんが入れてみる?」
暁斗はへ? と間の抜けた声を出した。奏人は唇の端をきゅっと上げる。
「エッチな気分になってるみたいだし、それもありかなって」
それは……準備とは、これから奏人が後ろを解すということか。暁斗は彼の黒い瞳を見ながら、わかった、とあっさり答えてしまった。お絵描きセットを持って自室にぱたぱたと向かった奏人を見送り、それでよかったのかなと考える。暁斗は女性との経験があり、奏人はネコの立場を経験したことがあるので、ある意味それが自然なのだが。暁斗は給湯器のスイッチを押して、浴室に向かい、浴槽に栓をした。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
専業種夫
カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる