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早春の言祝ぎ
16:00③
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「引き続いて新郎よりブロッコリートスがございます、未婚の男性の来賓の皆様はお集まりください」
奏人と大平がえーっ、と同時に言った。山中が何をするんだ、と尋ねる。
「清水くんがブロッコリーで出来たブーケを投げるの」
「要らねえよ、それ」
大平の返事に山中は笑った。しかし山中も暁斗も、西山や岸に腕を掴まれ引きずられた。パリピの西山が嬉し気に言う。
「君らは一応独身だろ?」
「俺たちいいですよ、決まった相手がおります、男ですけど」
山中の言葉に新郎側の来賓の集団から笑いが起こった。奏人まで同僚から、高崎さんもほらぁ、などと背中を押されている。
「はい、では新郎様、ご準備ください!」
清水は介添人から重そうな、ブーケの形を取った得体の知れないものを持たされて苦笑した。女性たちはやんややんやと囃し立てた。
清水はこちらに背を向けて、礼装が泣きそうな膝を曲げた格好で振りかぶり、自分の背後に向けて緑色の物体を両手で投げ上げた。青いリボンが晴れた空に踊る。
「……桂山さん!」
誰かが叫び半ばに言ったので、暁斗はブーケが自分に向かって飛んできたことを認識した。それは随分ゆっくりと落ちてきたように思えた。暁斗は3歩前に出て、それを両手で受け止めた。ずっしりとしたブーケは、柔らかいペーパーとセロファンできれいに装飾されていたが、紛うことなくブロッコリーである。暁斗はその滑稽な姿に思わず吹き出した。
わっと歓声が起こり、奏人が誰に持たされたのか、マヨネーズを持って近づいてきた。
「この部分が調理済みですのでお口にしていただけます」
ホテルマンに笑顔でブロッコリーの隅を指さされて、暁斗は思わず言う。
「えっ、今ここで食べるんですか?」
「はい、新郎様の傍にどうぞ、お連れ様はマヨネーズをつけてあげてください」
奏人はこの進行を理解しているらしく、マヨネーズの蓋を開けて、ホテルマンの指示した部分ににゅるっとクリーム色のペーストを乗せた。
にやにやしている清水のところに引きずって行かれて、暁斗は自分でもわかるくらい赤面した。こんなところで目立ちたくない。
「おめでとう、しかし何で俺がこれを受け取ることになるんだよ!」
暁斗がつい言うと、清水は悪びれもせずに答えた。
「だって未婚の男って今日5人しかいないんですよ、山中さんと桂山さん合わせても……この中で反応に一番期待できるのが桂山さんだし」
こいつは悪魔か! いつも清水はさりげなく、自分をこうしてネタにする。ある意味山中より悪質だ。横を見ると、奏人は何でもないように、新婦に綺麗です、などと声をかけている。
「はいはい、桂山さんがブロッコリー齧ってくれないと披露宴に移れないですよ」
「高崎さん、横に並んで」
芙由美に言われて、奏人まで意地の悪い笑顔を暁斗に向けた。
「赤面する桂山さんとか僕結構ラブなんですよ」
清水の言葉に、奏人と芙由美が同時に笑う。暁斗は何やらぞっとしてしまった。
「おまえ変態か!」
「こいつ変態です、桂山さん苦労してはるんですよね」
芙由美に柔らかい関西弁で言われて、暁斗ははい、と即答してしまう。
「僕は清水さんの気持ち分かります」
奏人はあっさり言う。大体彼におもちゃにされている暁斗は、ますます顔に血が上るのを自覚する。
「はいっ、それではひと齧りお願いします!」
ホテルマンに言われて、暁斗は仕方なく口を開け、マヨネーズのついたところに歯を立てた。場がわっと盛り上がり、口笛まで鳴る。誰が主役なのかわからない、無数のシャッター音が耳に届いた。ブロッコリーは柔らかく、難なく暁斗の口に入り、マヨネーズとともにほろりと崩れた。悪くない味である。
暁斗は口の中のものを慌てて飲み下して、まず新郎新婦と、続いて奏人と、カメラマンに言われるまま並び写真を撮られた。顔の火照りがなかなか引かず、困惑した。
アフターセレモニーがガーデンでの集合写真の撮影でお開きになり、ホテルマンがブロッコリーを引き取りに来た。引出物の袋に入れてくれるという。
「あ、じゃあ桂山か高崎のところに」
「承知いたしました」
齧られたブロッコリーと開封されたマヨネーズを持ったホテルマンの背中を見送ると、日が傾いてきたことに気づく。ガーデンは優しい光に包まれて、幸福の時間の名残りを感じさせた。奏人がそっと腕に触れる。
「行こっか、披露宴の受け付け始まるよ」
「……うん、振り回されたね、奏人さん大丈夫?」
暁斗は奏人が披露宴で大役を任されていることを言ったつもりだったが、彼は一瞬きょとんとして、ああ、と言った。
「大丈夫だよ、リハーサルもさくっと上手くいったし」
やはり図太いな、と暁斗は思う。ブロッコリーを齧らされて逃げ出したくなる自分とは、器が違うというのか……暁斗もこれが仕事ならば、おたおたしたりしないのだが。
奏人と大平がえーっ、と同時に言った。山中が何をするんだ、と尋ねる。
「清水くんがブロッコリーで出来たブーケを投げるの」
「要らねえよ、それ」
大平の返事に山中は笑った。しかし山中も暁斗も、西山や岸に腕を掴まれ引きずられた。パリピの西山が嬉し気に言う。
「君らは一応独身だろ?」
「俺たちいいですよ、決まった相手がおります、男ですけど」
山中の言葉に新郎側の来賓の集団から笑いが起こった。奏人まで同僚から、高崎さんもほらぁ、などと背中を押されている。
「はい、では新郎様、ご準備ください!」
清水は介添人から重そうな、ブーケの形を取った得体の知れないものを持たされて苦笑した。女性たちはやんややんやと囃し立てた。
清水はこちらに背を向けて、礼装が泣きそうな膝を曲げた格好で振りかぶり、自分の背後に向けて緑色の物体を両手で投げ上げた。青いリボンが晴れた空に踊る。
「……桂山さん!」
誰かが叫び半ばに言ったので、暁斗はブーケが自分に向かって飛んできたことを認識した。それは随分ゆっくりと落ちてきたように思えた。暁斗は3歩前に出て、それを両手で受け止めた。ずっしりとしたブーケは、柔らかいペーパーとセロファンできれいに装飾されていたが、紛うことなくブロッコリーである。暁斗はその滑稽な姿に思わず吹き出した。
わっと歓声が起こり、奏人が誰に持たされたのか、マヨネーズを持って近づいてきた。
「この部分が調理済みですのでお口にしていただけます」
ホテルマンに笑顔でブロッコリーの隅を指さされて、暁斗は思わず言う。
「えっ、今ここで食べるんですか?」
「はい、新郎様の傍にどうぞ、お連れ様はマヨネーズをつけてあげてください」
奏人はこの進行を理解しているらしく、マヨネーズの蓋を開けて、ホテルマンの指示した部分ににゅるっとクリーム色のペーストを乗せた。
にやにやしている清水のところに引きずって行かれて、暁斗は自分でもわかるくらい赤面した。こんなところで目立ちたくない。
「おめでとう、しかし何で俺がこれを受け取ることになるんだよ!」
暁斗がつい言うと、清水は悪びれもせずに答えた。
「だって未婚の男って今日5人しかいないんですよ、山中さんと桂山さん合わせても……この中で反応に一番期待できるのが桂山さんだし」
こいつは悪魔か! いつも清水はさりげなく、自分をこうしてネタにする。ある意味山中より悪質だ。横を見ると、奏人は何でもないように、新婦に綺麗です、などと声をかけている。
「はいはい、桂山さんがブロッコリー齧ってくれないと披露宴に移れないですよ」
「高崎さん、横に並んで」
芙由美に言われて、奏人まで意地の悪い笑顔を暁斗に向けた。
「赤面する桂山さんとか僕結構ラブなんですよ」
清水の言葉に、奏人と芙由美が同時に笑う。暁斗は何やらぞっとしてしまった。
「おまえ変態か!」
「こいつ変態です、桂山さん苦労してはるんですよね」
芙由美に柔らかい関西弁で言われて、暁斗ははい、と即答してしまう。
「僕は清水さんの気持ち分かります」
奏人はあっさり言う。大体彼におもちゃにされている暁斗は、ますます顔に血が上るのを自覚する。
「はいっ、それではひと齧りお願いします!」
ホテルマンに言われて、暁斗は仕方なく口を開け、マヨネーズのついたところに歯を立てた。場がわっと盛り上がり、口笛まで鳴る。誰が主役なのかわからない、無数のシャッター音が耳に届いた。ブロッコリーは柔らかく、難なく暁斗の口に入り、マヨネーズとともにほろりと崩れた。悪くない味である。
暁斗は口の中のものを慌てて飲み下して、まず新郎新婦と、続いて奏人と、カメラマンに言われるまま並び写真を撮られた。顔の火照りがなかなか引かず、困惑した。
アフターセレモニーがガーデンでの集合写真の撮影でお開きになり、ホテルマンがブロッコリーを引き取りに来た。引出物の袋に入れてくれるという。
「あ、じゃあ桂山か高崎のところに」
「承知いたしました」
齧られたブロッコリーと開封されたマヨネーズを持ったホテルマンの背中を見送ると、日が傾いてきたことに気づく。ガーデンは優しい光に包まれて、幸福の時間の名残りを感じさせた。奏人がそっと腕に触れる。
「行こっか、披露宴の受け付け始まるよ」
「……うん、振り回されたね、奏人さん大丈夫?」
暁斗は奏人が披露宴で大役を任されていることを言ったつもりだったが、彼は一瞬きょとんとして、ああ、と言った。
「大丈夫だよ、リハーサルもさくっと上手くいったし」
やはり図太いな、と暁斗は思う。ブロッコリーを齧らされて逃げ出したくなる自分とは、器が違うというのか……暁斗もこれが仕事ならば、おたおたしたりしないのだが。
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