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秋の匂い

9月

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 2学期が始まった。朝晩がかなり過ごしやすくなったこともあって、三喜雄は夏の頑張りとその成果に、ほっとしている(藤巻からも進路指導部の先生たちからも、気を抜くなと言われているが)。
 声楽コンクールの準本選を、三喜雄は4位で通過した。北海道と東北地方の、予選をクリアした高校生62人のうち、本選に進んだのは12人。そのうちの4位なんて、半分素人の三喜雄には過ぎた出来だった。
 本選出場は、予定通り辞退した。未練は無く、最高の腕試しになったと思っている。結果発表の後で、有名な歌手や全国の芸術系大学の先生から、個別に短い講評を貰った。まだまだ荒削りだと前置きされつつ、歌詞の発音や、広い音域の発声の均一性を褒めてもらって、有頂天になった。
 高崎は編入試験に合格して、地元の公立高校に通い始めている。三喜雄がコンクールの準本選を好成績で通過し、8月最後の共通テスト模試でA+評価を取ったことを、喜んでくれた。
 合唱連盟の合同演奏会に出た下級生たちは、明らかにひと回り成長した。おかげで、合唱コンクールの地区大会に向けて、グリークラブ全体の士気に弾みがつき、三喜雄たち3年もひと安心である。
 その週は3年生の進路指導面談が志望校の種類別に行われており、グリーの3年は部活を途中で抜けて参加しなくてはならなかった。国公立文系志望の日が回ってきて、三喜雄は全体練習が始まる前に音楽室を出た。渡り廊下に出ると、新校舎に向かう者が1人、先を歩いていることに気づく。
 美術部の須々木だった。三喜雄は不快感を禁じ得ない。彼はお盆前に起きたことなどおくびにも出さず、のうのうと通学していた。少なくとも三喜雄にはそう見えた。
 そんな態度は、美術部で高崎と仲が良かった部員たちの反感を買ったらしく、美術部経由としか思えない噂(三喜雄に言わせれば事実)が、今まさに広がっている。高崎に迫り、彼の好意を利用して、秋からの制作発表が自分の有利になるよう画策した。それを耳にしたらしい岸本は、せっこ、と鼻で笑い、そんな奴にクリエイターは無理だと音楽室で言い捨てた。

「須々木と片山は特殊文系だからこっち」

 進路指導部が使う会議室に着くと、一緒に部屋の奥に行くように言われて、三喜雄はマジか、と口にしそうになった。確かに、国立の芸術系を志望しているのは現時点で2人だけだが、纏めて面談はないだろうと思う。
 須々木の右の椅子に腰を下ろし、気まずい空気に耐える。待たされる可能性はわかっていたのだから、楽譜を持ってくれば良かったと三喜雄は悔やんだ。
 須々木からおい、と低く声をかけられて、三喜雄は肩を震わせた。須々木は胡散臭いものを見る目になっていたが、目の下にはクマができ、やつれたように見えなくもなかった。

「噂広めてんの、おまえとグリーだろ」

 須々木の言葉は、三喜雄の神経を逆撫でした。口調がつい尖る。

「は? 知るかよ、てか事実だから仕方ないんじゃね?」

 美術部の部長は、目をすがめる。

「……おまえ高崎の何な訳? 勝手にグリーに引きずり込みやがって」

 ムカっとしたが、三喜雄は冷静さを保つよう自分を叱咤する。

「何って、高崎がピアノ上手いから伴奏頼んだんだよ、部長に無視される美術部よりきっと楽しいからグリーに来いとは、まあ誘ったけどな」

 須々木の左の頬がびくっと引きつり、額の傷が薄く浮いた。三喜雄は思い知らせてやりたい気持ちを抑えられない。

「でも高崎は美術部にいるって言ったんだよ、おまえのことが好きだったとも話してくれた、なのにおまえはあいつの心の全てを踏みにじったんだ」
「うるさい、横から首突っ込んできて、おまえに何がわかるんだよ!」

 三喜雄は須々木の剣幕に怯んだ。彼は目を吊り上げ、憎々しげに言う。

「俺が大事に育てた可愛い後輩にまとわりついて、ちょっとくらい歌が上手いからって何様のつもりだ?」

 須々木の話は破綻していた。暗い目をした彼に、三喜雄は別の意味で恐怖を覚えたが、腹立ちが先行して、言わずにはいられない。

「可愛い後輩? 自分より上手くなったらいじめるために大事に育てるのか? おまえこそ何なの、変態趣味の貴族様でいらっしゃいますか?」

 昨夜解いていた英文の練習問題に登場したマルキ・ド・サドを思い出して、つい口にしたが、須々木の醜く歪んだ顔は、サド侯爵にしては余裕が無さ過ぎた。
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