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番外編 姫との夏休み
第4楽章⑦
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まずい、どきどきしてきた。亮太はそっと深呼吸して、目の前の暗い色の瞳を見つめながら、口を開いた。
「えっとだな、今からちょっと、真面目な話をしたいんだけど……」
三喜雄はうん、と言ってチューハイの缶を畳の上に置き、あぐらを解いてきちんと正座した。それを見た亮太は、いやもう、面白可愛いからやめて、とその場にごろごろしたくなる。
「いや、その……ほんとに三喜雄って塚山を友達と思ってないの?」
気を取り直して尋ねると、三喜雄はうーん、と割と本気で返事に困る様子を見せた。
「普通に学校で出会ってたら、高確率で話もしないタイプなんだよ」
「……それはわかる、俺も学部時代、あいつとほとんど話したことないから」
「ああ、専門も違うもんな……そもそも器楽って、声楽を結構異星人だと思ってない?」
三喜雄の問いに、亮太は首を3回縦に振った。
「塚山はキング・オブ・異星人だ」
「俺にとってもあいつは異星人なんだけど」
三喜雄は可笑しげに言う。
「あいつ、自分より上手い奴がいたら闘争心剥き出しにするし、気に入らない奴には突っかかるし……でもそれは裏表が無いからで、気を許した相手には人懐っこいんだ、根回しとか建前とかはたぶんあいつの辞書に無い」
「待て三喜雄、要するにあいつは馬鹿だって意味か?」
亮太が思わず言うと、ひどい、と三喜雄は爆笑した。声が大きくなってしまったからか、彼は咄嗟に右手で口を押さえて、続けた。
「馬鹿かどうかわからないけど、愛すべき人種かもしれないと最近思えてきた」
塚山には友達があまりいないし、本人も別に友達なんか要らないと話している。しかし高校生の頃から、何故か自分には懐いていて、東京に出てきたばかりの自分に近づく人間に警戒している……というのが、三喜雄の見解だった。
亮太は塚山の、容姿に合わない子どもっぽさに呆れてしまう。
「忠実だけど馬鹿な番犬ってとこだな、だから俺は警戒されてるのか」
かも、と言って三喜雄は苦笑した。
「ソプラノの太田さん知ってる? 彼女が飲み会の時に、塚山の俺に対する態度を、……えぐい言葉を使ったぞ、『キモい独占欲』だったかな」
それを聞いた亮太は堪えきれず、その場に転がって爆笑した。そのえぐい言葉は、三喜雄と一緒にいる亮太に喧嘩を売ってくる、塚山に対する不快感にやたらとマッチしていた。
「太田紗里奈だろ? 顔は知ってる、男好きだって聞くけどそうなのか?」
「あ……俺、彼女にロックオンされてるらしい」
困惑の表情になりつつも、何処か他人事のような三喜雄も可笑しくて、笑いが止まらない。その後塚山と太田は、掴み合いをしかねないほどの言い合いになったという。
「それ、三喜雄が止めろよ! 店に迷惑だろ!」
亮太が笑いながら言うと、ええっ? と三喜雄は眉間に皺を寄せた。
「嫌だよ、関わりたくない」
亮太はあ然となり、またこみ上げる笑いに身を任せた。こいつは何げに酷い、無自覚に他人の気持ちを弄んでいる。
「おまえが原因だっつの!」
つい言いながら三喜雄の肩を押してしまった。正座していた彼は、わっ! と叫んで、腕を泳がせてのけ反った。力を入れ過ぎたと思い咄嗟に三喜雄の二の腕を掴んだ亮太は、彼を助け起こすつもりが、酔っているせいか自分まで引き摺られてしまう。前につんのめり、視界がぐらりと傾いた。
「うわっ!」
「ええっ! ちょっとちょっと!」
亮太は三喜雄を下敷きにしてしまった。仰向けになった彼の身体の上に伏せるこの体勢は、まるで亮太が彼を襲っているようである。
目の前に据えられたほぼ黒の瞳は、驚きに丸くなっていたが、ふわりと笑う。
「これ、塚山と太田さんが見たら、亮太が八つ裂きにされるかも」
亮太は気の利いた返事ができなかった。少し自分より背が低いけれど、上半身に案外男らしく筋肉を蓄えている三喜雄は、きっと抱き心地が好みだと直感した。お互いの服越しに体温が伝わってきて、亮太は冷静を装うのに苦労する。さっさと離れたらいいだけの話なのに、組み敷いてしまっている日常系素朴男子には、不思議な引力があった。
亮太は声を絞り出す。
「あのさ、三喜雄」
「うん、ちょっとこの格好キツいな」
「おまえ……危機感無さ過ぎると思う」
三喜雄は顔からすっと笑いを消した。僅かに身体がこわばったのが伝わってきた。
こいつ、と亮太は苦々しさを覚える。察してるくせにどれだけ気づかないふりをしてるんだ。塚山の幼稚な好意、太田紗里奈のモーション、俺の微妙な感情。他にもあるのか。
「えっとだな、今からちょっと、真面目な話をしたいんだけど……」
三喜雄はうん、と言ってチューハイの缶を畳の上に置き、あぐらを解いてきちんと正座した。それを見た亮太は、いやもう、面白可愛いからやめて、とその場にごろごろしたくなる。
「いや、その……ほんとに三喜雄って塚山を友達と思ってないの?」
気を取り直して尋ねると、三喜雄はうーん、と割と本気で返事に困る様子を見せた。
「普通に学校で出会ってたら、高確率で話もしないタイプなんだよ」
「……それはわかる、俺も学部時代、あいつとほとんど話したことないから」
「ああ、専門も違うもんな……そもそも器楽って、声楽を結構異星人だと思ってない?」
三喜雄の問いに、亮太は首を3回縦に振った。
「塚山はキング・オブ・異星人だ」
「俺にとってもあいつは異星人なんだけど」
三喜雄は可笑しげに言う。
「あいつ、自分より上手い奴がいたら闘争心剥き出しにするし、気に入らない奴には突っかかるし……でもそれは裏表が無いからで、気を許した相手には人懐っこいんだ、根回しとか建前とかはたぶんあいつの辞書に無い」
「待て三喜雄、要するにあいつは馬鹿だって意味か?」
亮太が思わず言うと、ひどい、と三喜雄は爆笑した。声が大きくなってしまったからか、彼は咄嗟に右手で口を押さえて、続けた。
「馬鹿かどうかわからないけど、愛すべき人種かもしれないと最近思えてきた」
塚山には友達があまりいないし、本人も別に友達なんか要らないと話している。しかし高校生の頃から、何故か自分には懐いていて、東京に出てきたばかりの自分に近づく人間に警戒している……というのが、三喜雄の見解だった。
亮太は塚山の、容姿に合わない子どもっぽさに呆れてしまう。
「忠実だけど馬鹿な番犬ってとこだな、だから俺は警戒されてるのか」
かも、と言って三喜雄は苦笑した。
「ソプラノの太田さん知ってる? 彼女が飲み会の時に、塚山の俺に対する態度を、……えぐい言葉を使ったぞ、『キモい独占欲』だったかな」
それを聞いた亮太は堪えきれず、その場に転がって爆笑した。そのえぐい言葉は、三喜雄と一緒にいる亮太に喧嘩を売ってくる、塚山に対する不快感にやたらとマッチしていた。
「太田紗里奈だろ? 顔は知ってる、男好きだって聞くけどそうなのか?」
「あ……俺、彼女にロックオンされてるらしい」
困惑の表情になりつつも、何処か他人事のような三喜雄も可笑しくて、笑いが止まらない。その後塚山と太田は、掴み合いをしかねないほどの言い合いになったという。
「それ、三喜雄が止めろよ! 店に迷惑だろ!」
亮太が笑いながら言うと、ええっ? と三喜雄は眉間に皺を寄せた。
「嫌だよ、関わりたくない」
亮太はあ然となり、またこみ上げる笑いに身を任せた。こいつは何げに酷い、無自覚に他人の気持ちを弄んでいる。
「おまえが原因だっつの!」
つい言いながら三喜雄の肩を押してしまった。正座していた彼は、わっ! と叫んで、腕を泳がせてのけ反った。力を入れ過ぎたと思い咄嗟に三喜雄の二の腕を掴んだ亮太は、彼を助け起こすつもりが、酔っているせいか自分まで引き摺られてしまう。前につんのめり、視界がぐらりと傾いた。
「うわっ!」
「ええっ! ちょっとちょっと!」
亮太は三喜雄を下敷きにしてしまった。仰向けになった彼の身体の上に伏せるこの体勢は、まるで亮太が彼を襲っているようである。
目の前に据えられたほぼ黒の瞳は、驚きに丸くなっていたが、ふわりと笑う。
「これ、塚山と太田さんが見たら、亮太が八つ裂きにされるかも」
亮太は気の利いた返事ができなかった。少し自分より背が低いけれど、上半身に案外男らしく筋肉を蓄えている三喜雄は、きっと抱き心地が好みだと直感した。お互いの服越しに体温が伝わってきて、亮太は冷静を装うのに苦労する。さっさと離れたらいいだけの話なのに、組み敷いてしまっている日常系素朴男子には、不思議な引力があった。
亮太は声を絞り出す。
「あのさ、三喜雄」
「うん、ちょっとこの格好キツいな」
「おまえ……危機感無さ過ぎると思う」
三喜雄は顔からすっと笑いを消した。僅かに身体がこわばったのが伝わってきた。
こいつ、と亮太は苦々しさを覚える。察してるくせにどれだけ気づかないふりをしてるんだ。塚山の幼稚な好意、太田紗里奈のモーション、俺の微妙な感情。他にもあるのか。
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