75 / 79
番外編 姫との夏休み
第4楽章⑤
しおりを挟む
実のところ亮太は、お盆前に実家に戻りかれこれ3週間目に入って、小田家の早寝早起き習慣を取り戻している。そのため、三喜雄から順番に風呂に入り、お互い缶ビールを1本ずつ空ける頃には、睡魔と戦い始めていた。
三喜雄とじっくり飲むのを楽しみにしていたのに、寝落ちなんて悲し過ぎる。亮太は欠伸を噛み殺していたが、3本目のビールのタブを起こした時、三喜雄に気取られてしまった。
「もう寝る? 今日も朝からバタバタしてたんだろ?」
髪をばさばさにして、スウェットを身につけた三喜雄に覗きこまれて、亮太はいや、ととりあえず否定しておく。
「まあちょっと、練習がハードだったかも」
亮太は実家に帰って来た時は、高校生の頃に受験対策で世話になったクラリネッティストのところに、レッスンに行っている。彼女は地元のオーケストラの正団員の椅子を、本人曰く練習量で勝ち取った。それ以降ソリストとしても活躍しており、亮太の知る限り、最も結果に結びつく練習をしているプレイヤーなのだ。
「ちょっと変態なんだよな、3時間基礎練してから曲練をするとか、何なら基礎練だけでもいいって人でさ」
亮太の説明に、ほう、と三喜雄は背筋を伸ばした。
「基礎練は大事だ、俺の札幌の師匠は信じられないくらいいろんな基礎メソッド出してくる」
「うわ、歌手でもやっぱり変態いるんだなあ」
「俺練習曲って割と好きだけど? 無になれて」
三喜雄は言って、ビールに口をつけた。彼も変態らしいと亮太は認識する。変態はすぐに、演奏中に無になりたがるからだ。
「ところでさ、あの辺のCDは亮太の?」
若手変態歌手は、部屋の隅の本棚を指差した。そこには主に父が気に入っている本やCDが並んでいて、R&Bやジャズは亮太もよく拝借した。
そう話すと、三喜雄はへぇ、と感心する声を上げる。
「こういう曲が身近にある環境にいるから、亮太は何でも吹けるんだな」
三喜雄は本棚のほうに這っていって(その後ろ姿がやけに可愛らしかった)、1枚のCDを抜き出した。
「これ渋い、このピアニストは俺も知ってる」
亮太は三喜雄がこちらに見せたジャケットを目にして、どきりとする。それをごまかすために、ビールを多めに飲んだ。
そのCDは、海外でも評価の高い日本人のジャズピアニストが、バッハやヘンデルをアレンジしてアドリブセッションした、ライブ録音だった。1980年代の演奏だが、全く古臭く無く、亮太も参考にしている……のだが。
亮太は感情を排して言った。
「これは……おかんのCDだ、聴きたかったら持って帰っていいよ」
「そうなの? お母さんに明日訊いてみるけど、いいのかな」
三喜雄は僅かに首を傾げた。亮太は軽く頷く。
ケースを開き曲目を見ていた三喜雄は、あっ、と呟いて目を見開く。彼はブックレットをケースから抜き出して、ぱらぱらとめくった。そして、共演者のトランペッターとベーシストの舞台上の写真を、亮太のほうに向ける。
「トランペッター、亮太に似てない? 最後の集合写真見て思ったんだけど、この横顔も」
亮太はぎくりとして息を詰めたが、ゆっくりとそれを吐き出した。意外と鋭い三喜雄には隠しおおせないだろうと思い、諦めた。
「……うん、それ俺のじいちゃん」
三喜雄は目をまん丸にした。彼と知り合ってから見る、最も驚愕を表した表情だった。
「マジすか? もしかしたらとは思ったけど、本気にするぞ」
「悪いけど、嘘でも冗談でもないっす」
三喜雄は、憧れのようなものを交えた目で亮太とブックレットを見比べる。
「かっこいいなぁ、こんなところで吹いてるってことは、結構名前知られてるプレイヤーなのか……ごめん、俺この界隈詳しくなくて」
母方の祖父は、その界隈で知る人ぞ知るトランペッターだった。とはいえ、自分が主役になりライブやコンサートをおこなったことは無く、お呼びがかかればバックバンドのメンバーとして吹いたと、亮太は聞いている。
三喜雄とじっくり飲むのを楽しみにしていたのに、寝落ちなんて悲し過ぎる。亮太は欠伸を噛み殺していたが、3本目のビールのタブを起こした時、三喜雄に気取られてしまった。
「もう寝る? 今日も朝からバタバタしてたんだろ?」
髪をばさばさにして、スウェットを身につけた三喜雄に覗きこまれて、亮太はいや、ととりあえず否定しておく。
「まあちょっと、練習がハードだったかも」
亮太は実家に帰って来た時は、高校生の頃に受験対策で世話になったクラリネッティストのところに、レッスンに行っている。彼女は地元のオーケストラの正団員の椅子を、本人曰く練習量で勝ち取った。それ以降ソリストとしても活躍しており、亮太の知る限り、最も結果に結びつく練習をしているプレイヤーなのだ。
「ちょっと変態なんだよな、3時間基礎練してから曲練をするとか、何なら基礎練だけでもいいって人でさ」
亮太の説明に、ほう、と三喜雄は背筋を伸ばした。
「基礎練は大事だ、俺の札幌の師匠は信じられないくらいいろんな基礎メソッド出してくる」
「うわ、歌手でもやっぱり変態いるんだなあ」
「俺練習曲って割と好きだけど? 無になれて」
三喜雄は言って、ビールに口をつけた。彼も変態らしいと亮太は認識する。変態はすぐに、演奏中に無になりたがるからだ。
「ところでさ、あの辺のCDは亮太の?」
若手変態歌手は、部屋の隅の本棚を指差した。そこには主に父が気に入っている本やCDが並んでいて、R&Bやジャズは亮太もよく拝借した。
そう話すと、三喜雄はへぇ、と感心する声を上げる。
「こういう曲が身近にある環境にいるから、亮太は何でも吹けるんだな」
三喜雄は本棚のほうに這っていって(その後ろ姿がやけに可愛らしかった)、1枚のCDを抜き出した。
「これ渋い、このピアニストは俺も知ってる」
亮太は三喜雄がこちらに見せたジャケットを目にして、どきりとする。それをごまかすために、ビールを多めに飲んだ。
そのCDは、海外でも評価の高い日本人のジャズピアニストが、バッハやヘンデルをアレンジしてアドリブセッションした、ライブ録音だった。1980年代の演奏だが、全く古臭く無く、亮太も参考にしている……のだが。
亮太は感情を排して言った。
「これは……おかんのCDだ、聴きたかったら持って帰っていいよ」
「そうなの? お母さんに明日訊いてみるけど、いいのかな」
三喜雄は僅かに首を傾げた。亮太は軽く頷く。
ケースを開き曲目を見ていた三喜雄は、あっ、と呟いて目を見開く。彼はブックレットをケースから抜き出して、ぱらぱらとめくった。そして、共演者のトランペッターとベーシストの舞台上の写真を、亮太のほうに向ける。
「トランペッター、亮太に似てない? 最後の集合写真見て思ったんだけど、この横顔も」
亮太はぎくりとして息を詰めたが、ゆっくりとそれを吐き出した。意外と鋭い三喜雄には隠しおおせないだろうと思い、諦めた。
「……うん、それ俺のじいちゃん」
三喜雄は目をまん丸にした。彼と知り合ってから見る、最も驚愕を表した表情だった。
「マジすか? もしかしたらとは思ったけど、本気にするぞ」
「悪いけど、嘘でも冗談でもないっす」
三喜雄は、憧れのようなものを交えた目で亮太とブックレットを見比べる。
「かっこいいなぁ、こんなところで吹いてるってことは、結構名前知られてるプレイヤーなのか……ごめん、俺この界隈詳しくなくて」
母方の祖父は、その界隈で知る人ぞ知るトランペッターだった。とはいえ、自分が主役になりライブやコンサートをおこなったことは無く、お呼びがかかればバックバンドのメンバーとして吹いたと、亮太は聞いている。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる