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番外編 姫との夏休み
第4楽章②
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亮太に言わせれば、それは演奏家としての最低条件である。その元々持つものを壊さないように、ミスター理系の受け直しは、音を出す身体をつくる努力をこれから重ねていかねばならない。まあ三喜雄が褒めているのだから、そのバスは、今のところ上手くやっているのだろう。
三喜雄は受け直しバス氏へのリスペクトを見せた。
「天は二物を与えるんだなって、その人見てたら思う」
「違うよ三喜雄、やってみたら誰だって二物も三物も出てくるんだって……音楽家だけど何かのドクター持ってるとか、作家とか、世界中にいるじゃん……日本だけだよ、音楽馬鹿が圧倒的に多いのは」
少し亮太の言葉は尖ってしまったが、三喜雄は気にする様子も無かった。ICカードを出しながら、そうだなあ、と呟く。
「俺たちもこれから何か始める?」
「おう、いいんじゃないか?」
「こないだつくばでさ、出演者に渡してたガーベラの鉢植えを分けて貰ったんだ、とりあえずあれを大切に育てようと思って」
何か少し違うような気がして、亮太はぷっと笑ってしまった。にこにこしている三喜雄に、ああこいつ面白いなとほわっとした気持ちになる。三喜雄がドーナツショップの制服が嵌り過ぎだと、その姿を見たらしい柳瀬が話していたのだが、花屋のエプロンみたいなのも似合うかもしれないと思う。
地下鉄で数駅乗ると、横浜の小洒落た観光地域から下町に入る。車窓からその変化を見ることができないので、亮太の実家の最寄り駅で降りて地上に出た途端、三喜雄はおっ、と言って目を丸くした。
「何かちょっと千駄木っぽい」
「うん、より庶民的かな? 俺に言わせたら千駄木だってこの辺より垢抜けてる」
晴れて暑いので、北国出身の三喜雄のためになるべく日陰を進む。亮太の気遣いを知ってか知らずか、三喜雄は興味深そうにきょろきょろしながらゆっくり歩いていた。
「俺友達の家に泊まりに行くこと自体、中学生以来かもしれない」
三喜雄の言葉に、亮太はそうなのか? と思わず言った。
「高校の時グリーにいたんだよな? クラブの奴とかとつるんだりしなかった?」
「うーん、泊まりがけではなかったかも」
「俺は定期演奏会の前とかに、パンフとか小道具作るのに、デカい家に住んでる奴のとこに集まったんだ……泊まりこみが恒例になってた」
今思えば、だらだら作業をしていて終わらなかったので、どさくさに紛れて泊まらせてもらっていただけのような気もするのだが。
亮太の思い出話に、ああ、と三喜雄は納得するような声を上げた。
「吹奏楽部って何か凄いよな、音楽系クラブで一緒くたにされがちだけど、絶対合唱とは違う」
「何が違うんだよ」
「徹夜で舞台の小道具作るとか体育会系のノリが強いし、たまに間違いみたいにクラスカーストの上位者混じってない? グリーは圧倒的にオタク陰キャの集団だから」
三喜雄の言葉にオブラートも遠慮も無いので、亮太は思いきり笑ってしまった。
「悪いけどちょっと同感だわ、俺の高校は混声合唱部しか無かったんだけど、共演って何か考えられなかった」
「俺の高校も、共演したの入学式と卒業式だけだ」
「そうそう、うちもそうだった……今思うと勿体ないよな、吹奏楽部と合唱部がコラボったら、めちゃレパートリー広がるのに」
笑いながら近所の細い道に入ると、家の前で井戸端会議に興じる3人のおばさんたちが、亮太くんこんにちは、と気軽に声をかけてくる。亮太は明るく返した。
「こんにちは」
「あら、大学のお友達?」
大学院だけど、と思いつつ、はい、と答えた。この近所で亮太は、「パン屋さんの、面倒見が良くて家のお手伝いをちゃんとするデキた長男さん」で通っており、東京に出て明けても暮れてもクラリネットを吹いているという、社会のアウトロー候補であることを見逃してもらっている側面がある。
三喜雄も愛想よくこんにちは、と言ったので、おばさんたちは嬉しそうだった。ああそうか、こいつおばさん受けするタイプだと、亮太は納得する。ドマスでレジが混んで厨房から手伝いに出ると、4人組のおばさんに職質されたと彼が話していたのを思い出す。
「いいなぁ、日本の原風景感がある」
三喜雄の言葉が若干大げさなので、亮太は笑いを止める暇がない。家に到着して鍵を出し引き戸を開けると、ひんやりした空気にほっとした。
「飲み物入れるから、荷物その辺に置いといて」
「ありがとう、お邪魔します」
三喜雄はそう言って家に上がり、脱いだスニーカーをきちんと揃えた。サラリーマン家庭の出だが、彼の育ちの良さが感じられる。妹と弟が小学生に入った頃、靴を揃えろと何度も注意したことを亮太は思い出していた。
三喜雄は受け直しバス氏へのリスペクトを見せた。
「天は二物を与えるんだなって、その人見てたら思う」
「違うよ三喜雄、やってみたら誰だって二物も三物も出てくるんだって……音楽家だけど何かのドクター持ってるとか、作家とか、世界中にいるじゃん……日本だけだよ、音楽馬鹿が圧倒的に多いのは」
少し亮太の言葉は尖ってしまったが、三喜雄は気にする様子も無かった。ICカードを出しながら、そうだなあ、と呟く。
「俺たちもこれから何か始める?」
「おう、いいんじゃないか?」
「こないだつくばでさ、出演者に渡してたガーベラの鉢植えを分けて貰ったんだ、とりあえずあれを大切に育てようと思って」
何か少し違うような気がして、亮太はぷっと笑ってしまった。にこにこしている三喜雄に、ああこいつ面白いなとほわっとした気持ちになる。三喜雄がドーナツショップの制服が嵌り過ぎだと、その姿を見たらしい柳瀬が話していたのだが、花屋のエプロンみたいなのも似合うかもしれないと思う。
地下鉄で数駅乗ると、横浜の小洒落た観光地域から下町に入る。車窓からその変化を見ることができないので、亮太の実家の最寄り駅で降りて地上に出た途端、三喜雄はおっ、と言って目を丸くした。
「何かちょっと千駄木っぽい」
「うん、より庶民的かな? 俺に言わせたら千駄木だってこの辺より垢抜けてる」
晴れて暑いので、北国出身の三喜雄のためになるべく日陰を進む。亮太の気遣いを知ってか知らずか、三喜雄は興味深そうにきょろきょろしながらゆっくり歩いていた。
「俺友達の家に泊まりに行くこと自体、中学生以来かもしれない」
三喜雄の言葉に、亮太はそうなのか? と思わず言った。
「高校の時グリーにいたんだよな? クラブの奴とかとつるんだりしなかった?」
「うーん、泊まりがけではなかったかも」
「俺は定期演奏会の前とかに、パンフとか小道具作るのに、デカい家に住んでる奴のとこに集まったんだ……泊まりこみが恒例になってた」
今思えば、だらだら作業をしていて終わらなかったので、どさくさに紛れて泊まらせてもらっていただけのような気もするのだが。
亮太の思い出話に、ああ、と三喜雄は納得するような声を上げた。
「吹奏楽部って何か凄いよな、音楽系クラブで一緒くたにされがちだけど、絶対合唱とは違う」
「何が違うんだよ」
「徹夜で舞台の小道具作るとか体育会系のノリが強いし、たまに間違いみたいにクラスカーストの上位者混じってない? グリーは圧倒的にオタク陰キャの集団だから」
三喜雄の言葉にオブラートも遠慮も無いので、亮太は思いきり笑ってしまった。
「悪いけどちょっと同感だわ、俺の高校は混声合唱部しか無かったんだけど、共演って何か考えられなかった」
「俺の高校も、共演したの入学式と卒業式だけだ」
「そうそう、うちもそうだった……今思うと勿体ないよな、吹奏楽部と合唱部がコラボったら、めちゃレパートリー広がるのに」
笑いながら近所の細い道に入ると、家の前で井戸端会議に興じる3人のおばさんたちが、亮太くんこんにちは、と気軽に声をかけてくる。亮太は明るく返した。
「こんにちは」
「あら、大学のお友達?」
大学院だけど、と思いつつ、はい、と答えた。この近所で亮太は、「パン屋さんの、面倒見が良くて家のお手伝いをちゃんとするデキた長男さん」で通っており、東京に出て明けても暮れてもクラリネットを吹いているという、社会のアウトロー候補であることを見逃してもらっている側面がある。
三喜雄も愛想よくこんにちは、と言ったので、おばさんたちは嬉しそうだった。ああそうか、こいつおばさん受けするタイプだと、亮太は納得する。ドマスでレジが混んで厨房から手伝いに出ると、4人組のおばさんに職質されたと彼が話していたのを思い出す。
「いいなぁ、日本の原風景感がある」
三喜雄の言葉が若干大げさなので、亮太は笑いを止める暇がない。家に到着して鍵を出し引き戸を開けると、ひんやりした空気にほっとした。
「飲み物入れるから、荷物その辺に置いといて」
「ありがとう、お邪魔します」
三喜雄はそう言って家に上がり、脱いだスニーカーをきちんと揃えた。サラリーマン家庭の出だが、彼の育ちの良さが感じられる。妹と弟が小学生に入った頃、靴を揃えろと何度も注意したことを亮太は思い出していた。
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