彼はオタサーの姫

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
65 / 79
番外編 姫との夏休み

第2楽章⑤

しおりを挟む
 南に向いて訪れたのは、中島公園だった。狙い通り、木陰を吹き抜ける風は涼しく心地良い。自転車を漕ぐうちに汗ばんだ額や首筋を、すっと冷ましてくれる。
 夫婦らしい鴨が池から上がってきて、仲良く草を食んでいた。天音はスマートフォンを前カゴの鞄から出し、愛らしい鴨の姿を撮ってみる。すると三喜雄も、可愛いな、などと言いながら、同じように鴨たちにスマホのカメラを向けた。彼が楽しそうに、帰省中の松本や、天音の天敵・小田亮太に送ってやると言うので、天音は何となくイラッとしてしまう。そんな自分が三喜雄に何を求めるのかと問われたら、どう答えたらいいのかさっぱりわからないのだが。
 豊平館が見えてくると、青い空に白い洋館が映えた。その美しい光景に、2人しておおっ、と言いながら、自転車のスタンドを立てる。
 史跡にスマートフォンのカメラを向けながら、同時に笑い出した。

「待って、俺ら旅行者? たぶん俺小学校の遠足で、ここで記念撮影した」
「俺も初めてじゃないな、まあ映えるものは何でも撮って松本と小田に送っとけ」

 その時、30代くらいの女性たちが近づいてきて、3人がそれぞれ天音と三喜雄を素早く見比べた。彼女らが自分を見て、イケメンがいると思っているようだと天音は自負していたが、写真を撮ってほしいと頼まれたのは三喜雄だった。人の良い彼は、気前よく引き受ける。
 まあ、俺がこの女性たちでも、写真撮影はこいつに頼むだろうなと訳のわからないことを考えつつ、別に腹も立てずに天音は彼らを眺めた。豊平館の前に並ぶ女性たちに、はいチーズと声をかけて、三喜雄は手渡されたスマートフォンのカメラのシャッターを押した。
 彼女たちにありがとうと礼を言われてから、自転車を押してのんびりと先を進むと、大きな音楽ホールが見えてきた。高く澄んだ空にガラス張りの建物全体がきらきらしていて、これも美しい。大きな建築物だが、形が丸みを帯びているせいか威圧感は無く、木々の中に溶けこんでいた。
 高校3年生の夏、このホールの楽屋で初めて三喜雄に声をかけた。声楽コンクールの準本選の舞台の直前だった。あの時彼にうざ絡みした自分に限っては、確かに感じが悪かったと認める天音である。

「ここで俺たちが歌って、もう5年も経つのか」

 三喜雄も天音と同じように、あの日のことを懐かしんでいたようである。天音は答えた。

「あれもお盆だったから、ちょうど5年前だな」
「俺あの時、まともに歌える状態じゃなかったんだよな」

 ホールを見つめながら、三喜雄はぽつんとこぼした。三喜雄がこのホールで歌った頃、受験準備以外のことでも神経をすり減らしていたとちらっと聞いたのは、大学2回生の冬だっただろうか。彼が仲良くしていた後輩が、トラブルに巻き込まれて転学すると知らされたのが、本番の1週間前だったという。
 三喜雄はその時のことを、やや詳細に話し始める。

「その子がピアノを弾けたから、伴奏をしてもらって春から練習してたんだ」
「へぇ……グリーの後輩じゃなかったのか」

 うん、と三喜雄は頷く。

「美術部の子……これはちょっと話したかなぁ、その子がそんなことになった原因を作ったのがさ、俺と同学年の美術部の部長だった」
「あ、一発ぶちかましてやった相手?」
「そうそう、ぶちかましたって程じゃないけど……それでもう歌えないって藤巻先生の前で泣きわめいて……でも欠場しても誰のためにもならないって自分に言い聞かせて」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

処理中です...