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番外編 姫との夏休み
第2楽章⑤
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南に向いて訪れたのは、中島公園だった。狙い通り、木陰を吹き抜ける風は涼しく心地良い。自転車を漕ぐうちに汗ばんだ額や首筋を、すっと冷ましてくれる。
夫婦らしい鴨が池から上がってきて、仲良く草を食んでいた。天音はスマートフォンを前カゴの鞄から出し、愛らしい鴨の姿を撮ってみる。すると三喜雄も、可愛いな、などと言いながら、同じように鴨たちにスマホのカメラを向けた。彼が楽しそうに、帰省中の松本や、天音の天敵・小田亮太に送ってやると言うので、天音は何となくイラッとしてしまう。そんな自分が三喜雄に何を求めるのかと問われたら、どう答えたらいいのかさっぱりわからないのだが。
豊平館が見えてくると、青い空に白い洋館が映えた。その美しい光景に、2人しておおっ、と言いながら、自転車のスタンドを立てる。
史跡にスマートフォンのカメラを向けながら、同時に笑い出した。
「待って、俺ら旅行者? たぶん俺小学校の遠足で、ここで記念撮影した」
「俺も初めてじゃないな、まあ映えるものは何でも撮って松本と小田に送っとけ」
その時、30代くらいの女性たちが近づいてきて、3人がそれぞれ天音と三喜雄を素早く見比べた。彼女らが自分を見て、イケメンがいると思っているようだと天音は自負していたが、写真を撮ってほしいと頼まれたのは三喜雄だった。人の良い彼は、気前よく引き受ける。
まあ、俺がこの女性たちでも、写真撮影はこいつに頼むだろうなと訳のわからないことを考えつつ、別に腹も立てずに天音は彼らを眺めた。豊平館の前に並ぶ女性たちに、はいチーズと声をかけて、三喜雄は手渡されたスマートフォンのカメラのシャッターを押した。
彼女たちにありがとうと礼を言われてから、自転車を押してのんびりと先を進むと、大きな音楽ホールが見えてきた。高く澄んだ空にガラス張りの建物全体がきらきらしていて、これも美しい。大きな建築物だが、形が丸みを帯びているせいか威圧感は無く、木々の中に溶けこんでいた。
高校3年生の夏、このホールの楽屋で初めて三喜雄に声をかけた。声楽コンクールの準本選の舞台の直前だった。あの時彼にうざ絡みした自分に限っては、確かに感じが悪かったと認める天音である。
「ここで俺たちが歌って、もう5年も経つのか」
三喜雄も天音と同じように、あの日のことを懐かしんでいたようである。天音は答えた。
「あれもお盆だったから、ちょうど5年前だな」
「俺あの時、まともに歌える状態じゃなかったんだよな」
ホールを見つめながら、三喜雄はぽつんとこぼした。三喜雄がこのホールで歌った頃、受験準備以外のことでも神経をすり減らしていたとちらっと聞いたのは、大学2回生の冬だっただろうか。彼が仲良くしていた後輩が、トラブルに巻き込まれて転学すると知らされたのが、本番の1週間前だったという。
三喜雄はその時のことを、やや詳細に話し始める。
「その子がピアノを弾けたから、伴奏をしてもらって春から練習してたんだ」
「へぇ……グリーの後輩じゃなかったのか」
うん、と三喜雄は頷く。
「美術部の子……これはちょっと話したかなぁ、その子がそんなことになった原因を作ったのがさ、俺と同学年の美術部の部長だった」
「あ、一発ぶちかましてやった相手?」
「そうそう、ぶちかましたって程じゃないけど……それでもう歌えないって藤巻先生の前で泣きわめいて……でも欠場しても誰のためにもならないって自分に言い聞かせて」
夫婦らしい鴨が池から上がってきて、仲良く草を食んでいた。天音はスマートフォンを前カゴの鞄から出し、愛らしい鴨の姿を撮ってみる。すると三喜雄も、可愛いな、などと言いながら、同じように鴨たちにスマホのカメラを向けた。彼が楽しそうに、帰省中の松本や、天音の天敵・小田亮太に送ってやると言うので、天音は何となくイラッとしてしまう。そんな自分が三喜雄に何を求めるのかと問われたら、どう答えたらいいのかさっぱりわからないのだが。
豊平館が見えてくると、青い空に白い洋館が映えた。その美しい光景に、2人しておおっ、と言いながら、自転車のスタンドを立てる。
史跡にスマートフォンのカメラを向けながら、同時に笑い出した。
「待って、俺ら旅行者? たぶん俺小学校の遠足で、ここで記念撮影した」
「俺も初めてじゃないな、まあ映えるものは何でも撮って松本と小田に送っとけ」
その時、30代くらいの女性たちが近づいてきて、3人がそれぞれ天音と三喜雄を素早く見比べた。彼女らが自分を見て、イケメンがいると思っているようだと天音は自負していたが、写真を撮ってほしいと頼まれたのは三喜雄だった。人の良い彼は、気前よく引き受ける。
まあ、俺がこの女性たちでも、写真撮影はこいつに頼むだろうなと訳のわからないことを考えつつ、別に腹も立てずに天音は彼らを眺めた。豊平館の前に並ぶ女性たちに、はいチーズと声をかけて、三喜雄は手渡されたスマートフォンのカメラのシャッターを押した。
彼女たちにありがとうと礼を言われてから、自転車を押してのんびりと先を進むと、大きな音楽ホールが見えてきた。高く澄んだ空にガラス張りの建物全体がきらきらしていて、これも美しい。大きな建築物だが、形が丸みを帯びているせいか威圧感は無く、木々の中に溶けこんでいた。
高校3年生の夏、このホールの楽屋で初めて三喜雄に声をかけた。声楽コンクールの準本選の舞台の直前だった。あの時彼にうざ絡みした自分に限っては、確かに感じが悪かったと認める天音である。
「ここで俺たちが歌って、もう5年も経つのか」
三喜雄も天音と同じように、あの日のことを懐かしんでいたようである。天音は答えた。
「あれもお盆だったから、ちょうど5年前だな」
「俺あの時、まともに歌える状態じゃなかったんだよな」
ホールを見つめながら、三喜雄はぽつんとこぼした。三喜雄がこのホールで歌った頃、受験準備以外のことでも神経をすり減らしていたとちらっと聞いたのは、大学2回生の冬だっただろうか。彼が仲良くしていた後輩が、トラブルに巻き込まれて転学すると知らされたのが、本番の1週間前だったという。
三喜雄はその時のことを、やや詳細に話し始める。
「その子がピアノを弾けたから、伴奏をしてもらって春から練習してたんだ」
「へぇ……グリーの後輩じゃなかったのか」
うん、と三喜雄は頷く。
「美術部の子……これはちょっと話したかなぁ、その子がそんなことになった原因を作ったのがさ、俺と同学年の美術部の部長だった」
「あ、一発ぶちかましてやった相手?」
「そうそう、ぶちかましたって程じゃないけど……それでもう歌えないって藤巻先生の前で泣きわめいて……でも欠場しても誰のためにもならないって自分に言い聞かせて」
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