彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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終曲/帰省

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 実はゴールデンウィークが終わる前に札幌を離れる時、三喜雄は後ろ髪を引かれる思いだった。だが、帰省から戻った直後の松本との出会いは新鮮だったし、深田はイタリア語のクラスでちょっと気になる存在だったので、話すきっかけができて嬉しかった。声楽専攻の中だけでなく、ここには癖は強いが面白い人が沢山集まっている。
 またスマートフォンが震えた。時計を確認して、もう夕飯の用意をしなくてはいけないと思い三喜雄は立ち上がる。亮太がメッセージを送ってきていた。

「今日バイト先、店内清掃で臨時休業なんだけど今からメシ食わない? 明日帰るんだったら最後の晩餐(笑)」

 縁起でもないことを言うなと思いつつ、三喜雄は立ったまま返事を打ちこむ。

「OK、何時でもいいです」
「部屋にいる?」
「うん、パッキングしてる」
「じゃあ一段落したらこっち来て、米洗って待ってる」

 食べさせてくれるのか。亮太は料理が上手なので、三喜雄は嬉しくなる。礼を言ってから、冷蔵庫にちょっと残っている野菜の存在を思い出し、持って行って使ってもらおうと考えた。
 「ブラッドオレンジ」のライブは本当に楽しかった。柳瀬はヴァイオリンというよりはアイリッシュ・フィドルの弾き方を見せ、亮太のクラリネットはベニー・グッドマンのようで、格好良かった。三喜雄はバッハを楽譜通りに歌っただけだが、亮太を含む他のメンバーが、伴奏でジャズにアレンジしていくのだ。あの曲をリクエストした、三喜雄の母方の祖母と同じくらいの年齢の女性は、泣いていた。ハンカチで涙を拭いながら、歌い終わった三喜雄に何度もありがとうと言ってくれるので、もらい泣きしてしまった。
 怪我をしたヴォーカルは芸大卒のテノールで、いい声の持ち主だと話した亮太は、何故か今まで見たことのない切ない顔を見せた。その時咄嗟に思ったのは、もしかしたら亮太とそのヴォーカルは、友人以上の関係なのではないかということだった。大学2年の頃に交際していた女性の話も聞いたことがあるので、亮太はバイセクシュアルなのかもしれない。三喜雄の学部生時代からの友人にゲイの者やバイの者がいることもあり、直感した。
 そう考えた時、三喜雄と同郷で長いつき合いの塚山を、亮太があまり好ましく思っていないというのか、塚山に対してだけ、「俺は三喜雄と仲良しだから」マウントのような子どもっぽい態度を取る理由にも、気づかない訳にはいかなかった。まだそこまで煮詰まった感情ではないかもしれないが、自惚れではないと思う。
 亮太のことは友人としてとても好きだ。ただ、ゲイでないだけでなく、女性に対しても性的な関心が薄い三喜雄としては、ちょっと複雑である。それを言うなら、自分に対する塚山の気持ちもよく分からないのだが、塚山のあれは、小さい子が見せる仲良しさんへの執着みたいなものかもしれないと分析している。
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