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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン
第5場①
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とろとろと眠っていたらしく、天音は重い瞼をゆっくり持ち上げた。自分の部屋でないことは、直ぐに思い出せた。キッチンの明かりが落とされていて、室内が少し暗い。
何時間経ったのだろうか。少し焦ったが、身体が起きることを拒否した。
「あ、もう泊まってくよな?」
遠い場所から、三喜雄のまろやかな話し声がした。
「風呂は無理だな、歯磨きして顔くらい洗える?」
彼は畳んだタオルと服を抱えている。もうそれなりの時間なのだと天音は察したが、困惑する。いや、俺が帰らないと、おまえどこで寝るんだよ。
「塚山、明日授業は何限目から?」
「あ……2限目……」
天音はぼんやり答えた。三喜雄は続ける。
「7時に起こせば1回帰れるかな」
黙って頷く。もしかすると、二日酔いで無理かもしれないが、どうでもいいと思った。
あれだけ飲んでも平気らしい三喜雄は風呂に入った。天音はその間にトイレを借り、枕元に置かれたタオルと使い捨ての歯ブラシを使って、ふらつきながら顔を洗い、歯を磨いた。アルコールに侵された脳が少ししゃきっとして、浴室から洩れてくる水音を聞きながら、洗面台周辺をきれいにしている三喜雄に感心する。
パジャマ代わりのスウェットも用意されていた(天音のほうが三喜雄より背が高いが、ズボンが少し短いくらいで、服のサイズに問題は無かった)ので、もたもたと着替える。夢の中の出来事のようだった。
再びころんとベッドに転がると、すぐにドライヤーの音が聞こえてきた。天音は同じ部屋に人がいることに今夜はやけに安心し、ほとんど寝落ちしていたが、こちらに来た三喜雄は何やらごそごそしている。
天音が頑張って少し首を起こすと、三喜雄はベッドの横にマットレスを敷き、寝床を作っていた。
「起こしてごめん、横で寝てるから何かあったら言って、ゲロはトイレかそこのゴミ箱に確実に頼みます」
三喜雄が言うので、たぶんそれは大丈夫、と天音は答えた。
「……なぁ片山」
「うん、何?」
「俺に気が引けるって、どういう時なんだよ」
多少思い当たる節がありつつ、訊いてみた。髪をぼさぼさにした三喜雄は、シーツを敷いたマットレスの上に正座して、寝転んだままの天音に目の高さを合わせてきた。ボディソープやシャンプーの温かい匂いがして、ちょっと落ち着かない。天音は今年の2月に、交際していた年上の社会人の女と別れて以来、誰とも同衾していないので、他人の風呂上がりの匂いを至近距離に感じるのは久しぶりだった。
「おまえがいつも歌ってて楽しそうなこととか、絶対高音外さないこととか」
三喜雄は視線を固定して、明らかに天音の反応を観察していた。
「……何だそれ、おまえもそうじゃないか」
「自信満々で立ってるだけで華があるとことか」
容姿は持って生まれたものに、研磨が加わり自分の魅力となる。三喜雄はそこにそんなに力を入れていないので、元々の容姿に華はあまり無いかもしれないが、舞台の上で化ける。彼が歌い終わると皆、「あの子素敵だったね」と彼に好感を示すのだ。
何時間経ったのだろうか。少し焦ったが、身体が起きることを拒否した。
「あ、もう泊まってくよな?」
遠い場所から、三喜雄のまろやかな話し声がした。
「風呂は無理だな、歯磨きして顔くらい洗える?」
彼は畳んだタオルと服を抱えている。もうそれなりの時間なのだと天音は察したが、困惑する。いや、俺が帰らないと、おまえどこで寝るんだよ。
「塚山、明日授業は何限目から?」
「あ……2限目……」
天音はぼんやり答えた。三喜雄は続ける。
「7時に起こせば1回帰れるかな」
黙って頷く。もしかすると、二日酔いで無理かもしれないが、どうでもいいと思った。
あれだけ飲んでも平気らしい三喜雄は風呂に入った。天音はその間にトイレを借り、枕元に置かれたタオルと使い捨ての歯ブラシを使って、ふらつきながら顔を洗い、歯を磨いた。アルコールに侵された脳が少ししゃきっとして、浴室から洩れてくる水音を聞きながら、洗面台周辺をきれいにしている三喜雄に感心する。
パジャマ代わりのスウェットも用意されていた(天音のほうが三喜雄より背が高いが、ズボンが少し短いくらいで、服のサイズに問題は無かった)ので、もたもたと着替える。夢の中の出来事のようだった。
再びころんとベッドに転がると、すぐにドライヤーの音が聞こえてきた。天音は同じ部屋に人がいることに今夜はやけに安心し、ほとんど寝落ちしていたが、こちらに来た三喜雄は何やらごそごそしている。
天音が頑張って少し首を起こすと、三喜雄はベッドの横にマットレスを敷き、寝床を作っていた。
「起こしてごめん、横で寝てるから何かあったら言って、ゲロはトイレかそこのゴミ箱に確実に頼みます」
三喜雄が言うので、たぶんそれは大丈夫、と天音は答えた。
「……なぁ片山」
「うん、何?」
「俺に気が引けるって、どういう時なんだよ」
多少思い当たる節がありつつ、訊いてみた。髪をぼさぼさにした三喜雄は、シーツを敷いたマットレスの上に正座して、寝転んだままの天音に目の高さを合わせてきた。ボディソープやシャンプーの温かい匂いがして、ちょっと落ち着かない。天音は今年の2月に、交際していた年上の社会人の女と別れて以来、誰とも同衾していないので、他人の風呂上がりの匂いを至近距離に感じるのは久しぶりだった。
「おまえがいつも歌ってて楽しそうなこととか、絶対高音外さないこととか」
三喜雄は視線を固定して、明らかに天音の反応を観察していた。
「……何だそれ、おまえもそうじゃないか」
「自信満々で立ってるだけで華があるとことか」
容姿は持って生まれたものに、研磨が加わり自分の魅力となる。三喜雄はそこにそんなに力を入れていないので、元々の容姿に華はあまり無いかもしれないが、舞台の上で化ける。彼が歌い終わると皆、「あの子素敵だったね」と彼に好感を示すのだ。
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