彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第4場⑫

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「ほれ、涙拭いて鼻かめよ……もうおまえ飲むのストップ」

 言う通りにするのも悔しかったが、天音は畳まれたティッシュを受け取り、頬を拭いた。人の気も知らないで、三喜雄は言う。

「塚山は友達が欲しいんだな、亮太にもさりげなく言っとく」

 また何かがぷちんと切れた。天音はティッシュを握りしめて半分怒鳴る。

「別にあいつと友達にならなくていいっ、俺が友達になってほしいのはおまえだけだ、ううっ」

 新しい涙がどぱっと出る。もう何が何やら、意味がわからなかった。交際を断られているのに、しつこく言い寄っている非モテのような、みっともない自分に腹が立つ。
 三喜雄は明らかに困惑していた。

「いや、友達でもいいんだけど……俺ほんとにさ、この際はっきり言うけど、おまえといるとたまに気が引けて仕方ないんだよ、それって友達の関係って言える?」

 思いもしない言葉に、天音の思考がはたと止まった。さっき、嫌いじゃないと言ったくせに。話が違う、それって俺の存在が面倒くさいってことじゃないか。
 悲しみが暴発した。天音は床に置いていた鞄から財布を出し、泣きながら札を掴み出した。

「もういい、帰る! ピザと酒の代金だっ」

 札束をテーブルに叩きつけて立ちあがろうとしたが、膝から力が一気にがくんと抜けた。上手く座り直せずに視界が傾き、椅子から身体が勝手に落ちるのがわかった。天音は何もかもがどうでも良くなり、意識を手放そうとしたが、脇の間にするっと入って来た腕に支えられて、床に尻からそっと着地する。

「危ない! ちょ、こんなに酔ってたのか」

 三喜雄の声がすぐ近い場所に聞こえる。

「もう、金叩きつけるとか意味わからん、俺はヴィオレッタじゃないぞ」

 三喜雄は天音の身体に腕を回したまま、手慣れた動きで立ち上がらせ、リビングに引きずっていく。案外彼は力持ちで、自分より背が高い天音を危なげなく抱えていた。飲み潰れた仲間を、こうしていつも介抱してきたのだろうと、なすがままの天音は他人事のように思う。
 ふと、一抹の心地良さに浸る自分を戒める言葉が口を突いて出た。

「……ほっといてくれ、帰る」
「まだ早いから、ちょっと寝てから帰れ……こんなんじゃタクシーも呼べないよ」

 天音はベッドにころんと転がされた。自分の寝床と違う匂いのするその柔らかい場所は、意外と心地良かった。枕元の窓を三喜雄が開けると、入ってくる風は決して涼しくはなかったが、新鮮な空気を吸えてほっとする。
 三喜雄はナイロン袋が被せられたゴミ箱をベッドの傍に置いてから、食卓の片づけを始めた。ピザの空き箱をゴミ袋に入れ、林立したグラスとワインの空き瓶を流しに持っていく。男のベッドで安らいでる俺って一体どうなんだと思いつつ、天音は三喜雄がキッチンの周辺をくるくると歩き回るのを、寝転んだままぼんやり見つめていた。悪くない光景だなと思った。
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