彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第4場⑦

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 身も蓋もない三喜雄の言い方に、天音は爆笑した。

「二枚目キャラなんだろ!」
「そこは柔軟に対応しようぜ、考えてみろよ……自分が言葉も通じない土地に赴任することになって、現地の見知らぬ女と……一晩遊ぶだけならともかく、暮らそうと思うか?」

 天音はワインを口に含んで、少し考えてみる。

「俺ならアリかも、気立てのいい美人だと保証してくれてるんだろ?」

 三喜雄は目をまん丸にして、あ然となった。

「マジですか、塚山の趣向は否定しないけど、俺やっぱりおまえとは相容れないわ」
「おい待て、何だそれ、ピンカートンの話じゃないのかよ!」

 天音が思わず言うと、今度は三喜雄が爆笑した。あまりに可笑しそうなので、毒気を抜かれてしまう。

「ちなみに、当時こういうことは割と普通にあったんだって、大学時代にインテリの同期が教えてくれた」

 天音はぎくりとした。時代背景なんか、あまり考えていなかった。三喜雄は続ける。

「蝶々さんみたいに、男が去った後もずっと待ってたとかはレアケースかおそらく無くて、外国人の身の回りの世話をするって名目で同居して、男が帰国したらバイバイ」
「ほんと現地妻だな……じゃあピンカートンにとって、蝶々さんは想定外の当たりだったのかな」

 当たりって、と三喜雄は天音の言葉に苦笑した。

「まあ良家の出でもあるしな、毎日きれいに家を掃除して、庭で咲いた花を床の間に飾って……」

 テーブルを拭いた三喜雄はワインの瓶を持ち、天音にグラスを持つよう促す。

「毎晩食卓を整えて、晩酌につき合う」

 天音のグラスにとぽとぽと澄んだ液体が満たされていく。

「一生懸命勉強した英語で辿々しく訊くんだ、『お疲れさまでした、今日のお勤めはいかがでしたか? すぐにお風呂も用意しますね』」

 きれいな形の目に覗きこまれて、天音の心臓が跳ねた。こいつ白目きれいなんだよな……確かに毎日、家に待っていてくれる人がいるのはほだされる。そうだ、片山とルームシェアしようか。こいつがこんな部屋でキーボードで練習しなくていいように、防音室に共用のピアノを置いて、交代で練習する。
 そこまで考えて、天音は我に返った。ちょっと待て、何で俺と片山が一緒に住む話になってる?

「おまえ酒弱いなぁ、もう顔赤くなってるぞ」

 三喜雄は素に戻って、雑に言った。左手でグラスを握り、変にどきどきする胸を右手で押さえながら、いや、と天音は酔いを否定する。

「色気出して芝居するなよ、変な気分になったぞ」
「はぁ? 酔ってるだろ、でなけりゃ相当欲求不満」

 違う、と咄嗟に天音は叫んだ。それを見て三喜雄はげらげら笑った。

「面白過ぎる、でもマジで変な気分になったなら、それを歌に出せばいいんじゃないかな」
「いい加減なこと言うな」
「いい加減じゃないよ、気持ちが動いた自分の経験とか記憶を、他人の人生に落とし込んで見せるのが芝居だ」

 がぶがぶワインを飲んでいるのに、顔色ひとつ変えずに三喜雄は言った。

「音楽で描写されてることって、人と人との間でうまれる感情が圧倒的に多いから、おまえはもっといろんな人と話したほうがいい」
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