夏の扉が開かない

穂祥 舞

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3 7月下旬

クリームソーダは特別なストローで②

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 老人たちは軽くどよめく。

「そうなん? あっ、キムラさん休みやからか、気ぃつかへんでごめんなぁ」

 泰生は今年の2月まで、京都駅の傍の飲食店街にあるチェーンカフェでアルバイトをしていたので、慣れた仕事だった。いえいえ、と返事しておく。
 その時、奥のテーブルの3人の中年女性が席を立った。さすがに会計をするのは憚られるので、泰生は代わりにバタートーストを営業マンらしき男性のところに運んだ。
 店長は顔の前で手を合わせ、ほんまごめん、と泰生に謝った。それを見ていた常連らしき老婦人たちが、バイト代出したげなあかんなぁ、と笑う。
 それを聞いた店長が、探る目線を送ってきた。

「長谷川くん、もし暇やったら、5時に文哉来るまで手伝ってくれへんかな」
「えっ……」

 暇なので構わないのだが、物の場所もわからないのに、逆に迷惑ではないのか。断らない泰生を見て、店長は食器棚の下のほうから、クリーニングの袋に入ったデニムのエプロンを引っぱり出した。

「頼んだ、バイト代払うわ……鞄ここの奥に入る? 心配やったらスマホと財布持っといて」

 マジですか。あ然とする泰生の背後で、老婦人たちが、楽しげに手を叩く。引けなくなった泰生はエプロンを袋から出して、店長と同じ姿になった。

「いらっしゃい」

 小さな男の子と女の子を連れた母親と、子どもたちの祖母と思しき4人が店に入ってきた。泰生は盆を持ち、客が去ったばかりのテーブルに残された、空のグラスを片づけに行く。テーブルをきれいに拭いて、新規客を座らせた。

「僕かき氷がいい」
「お腹壊すで、あんた昼ご飯の後もアイス食べてたやん」
「えーっ、ほなクリームソーダ」
「はいはい、お兄ちゃんに言い」

 かき氷がダメでクリームソーダはOKというのがよくわからなかったが、母子は軽く攻防した後、泰生にオーダーした。働いていたチェーンカフェではオーダーを手書きすることは無かったので、そんなところで少し緊張した。
 オーダーを通すと、店長は冷凍庫からてきぱきとバニラアイスの入った箱を出した。よく動く人だ。
 シンクには洗い物が溜まっていた。ストローがあまり無いのも気になる。家族連れのためにストローを用意すると、長谷川くん、と店長が呼びかけてきた。

「コーヒーはそれでええわ、クリームソーダはこっちでお願い」

 色とりどりの太めのストローが、チャックつきの袋に詰まっていた。何色がいいだろう。泰生は男の子にはミントグリーン、女の子にはペールオレンジを選ぶ。彼らがそれぞれ着ているTシャツの色だ。
 太いストローは5センチほど下が蛇腹になり、折れ曲がるようになっている。前のアルバイト先ではストレートのストローしか取り扱っていなかったので、ちょっと新鮮だ。
 店長は緑色のソーダをグラスに注ぎ、アイスクリームディッシャーでぽこっとバニラアイスを乗せた。

「長い柄のスプーンも持ってったって」
「えーっと、はい」

 子どもたちはクリームソーダに大喜びして、カラフルなストローとスプーンをグラスに突っ込んでいた。ふと泰生は、何年くらい蛇腹つきの太いストローで、ソフトドリンクを飲んでいないだろうかと思う。
 2人の老婦人と4人の老人たちが帰ると、泰生は洗い物を始めた。洗浄機を1回回せるだけ食器を放りこんでおけば、だいぶ店長も楽なはずだ。
 作ったばかりのアイスコーヒーを冷やすべく、店長はポットにそれを移した。

「後で出来たて冷えたてをご馳走するわな、ほんま助かるわぁ」
「いえ……あ、普通のストロー後で補充しますね」

 いかんせん店内が狭いので、少しの手伝いで落ち着きそうだった。でも、有り難がられるのは、素直に嬉しかった。
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