夏の扉が開かない

穂祥 舞

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3 7月下旬

後輩は雨女①

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 岡本は仕事の早い人間で、しかも泰生がまだ管弦楽団の4回生に直接連絡を取りたくないという匂わせを汲んでくれたのか、朝一番に三村からのメッセージを転送してくれた。

「おはよう♡三村さんが」
「『長谷川くんに、もし今日テスト終わって時間あるなら、5時過ぎに学館に来てって伝えてくれる?』」
「だって。可か否か、俺に返事おくれ」

 おいおい、と泰生はひとりごちた。どこの松脂を使っているのか訊きたいだけなのに、何故学生会館に行かなくてはいけないのか。

「どこのヤニ使ってるか知りたいだけなんですけど」
「もしかしたら、斉藤さいとうちゃん(コンバスの1回生)の楽器を夏休み中にメンテに出すから、その件で三村さん楽器庫に行くのかも」
「それに俺がつき合わないといけませんかね」
「斉藤ちゃんも来るかもしれんから面通ししとけば?」

 話にならない。泰生はいつもより少しだけ空いている電車に揺られつつ、とりあえず行くと返事した。送信してから、ちょっと後悔した。



 梅雨が明けたばかりの猛暑は、17時を過ぎても微塵も弛まない。文学部棟から学生会館まで来ただけなのに汗ばみながら、泰生は音楽練習場を目指した。
 1枚目の扉は開け放されていて、手書きのメモが目の高さに貼ってあった。

「長谷川様 奥へどうぞ 三村」

 嫌な予感を振り払って、泰生はスニーカーを脱ぎ、奥の重い防音扉を開けた。果たしてそこには、三村と、クラリネットの戸山と同じくらい小柄な女性が、コントラバスを並べて音を出していた。
 あれが斉藤ちゃんかなと思いながらそっと中に入ると、2人が弾くのを止めて同時にこちらを見た。三村が破顔し、おはよう、と声をかけてきた。

「わざわざ悪いなぁ、ついでやしちょっと弾く?」
「あー……」

 泰生は弾きません、と言えない自分に腹が立った。1回生の女の子は、泰生を興味津々の目で見ている。
 仕方なく泰生は、楽器庫からコントラバスを運び、2人の注目を浴びながらカバーから出した。三村が、ああ、と思い出したように、金色と黒の筒状の小さなケースを持ってくる。

「俺のヤニ使ってみる?」

 泰生は密かに目を見張る。昨日行った楽器店で、一番高かった松脂である。

「長谷川くんはどこの使ってるん?」
「これです」

 泰生が松脂を出すと、男たちのやり取りを黙って見ていた斉藤が、一緒です、と言った。2回生の小林が、確か彼女は初心者だと言っていたので、やはりこれを勧められたのだろう。
 せっかくなので、三村の好意を受けることにした。泰生は弓に松脂を滑らせて、4本の弦を順に鳴らした。深みのあるいい音がする。

「あっ、何か手応えが違いますね」

 思わず言ったが、三村も斉藤もやや不思議そうに泰生を見ている。おかしなことを言ったかとひやりとしたが、斉藤が口を開いた。

「上品な音なんですね、長谷川さん」
「……へ?」
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