夏の扉が開かない

穂祥 舞

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1 7月上旬

琥珀糖の女②

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「私、こっちのキャンパス来てすぐに管弦楽団入ってん」

 戸山は笑顔で言った。全く知らなかった。マジか、と言いそうになるのを、泰生は辛うじて堪える。ここでは暑いし蚊に刺されるので、建物の中に入った。そのまま廊下の奥の、フリースペースに連れて行かれる。
 泰生と戸山が椅子に落ち着くと、岡本が部屋の隅にある自動販売機に小走りで向かった。この2人が部活に行かなくてもいいのか、泰生は少し気になったが、戸山は黒く四角い鞄を開けて、小さな紙袋を出す。

「梅田で買ってん、これ美味しいで」

 戸山が紙袋から出した箱には、色とりどりのグミが並んで恭しく入っていた。鉱石の標本のようで、美しい。紅茶を3本買ってきた岡本が、しまったぁ、と口走る。

「琥珀糖ですよね? お茶にしたらよかった」

 泰生は琥珀糖という名の菓子を知らなかった。グミではないらしい。戸山が箱を泰生に差し出す。

「味はたぶん、色から想像できると思う」
「……いただきます」

 目についたピンク色のものをそっと摘む。口に入れると、想像したよりも硬かった。すると突然じゅわっと崩れて甘さが広がり、微かに桃の風味がした。グミでもゼリーでもない不思議な食感と、しつこくない上品な甘味の意外性に、泰生は驚いた。

「美味しいですね」
「やろ? 最近ちょっとこれにハマってて」

 そう応じる戸山の横で、岡本も遠慮なく、赤い色の琥珀糖を取る。お菓子で籠絡する作戦かと密かに泰生は警戒したが、当たらずも遠からずのようだった。

「オケでコントラバス弾いたら? 楽器あるで」
「……もう3回の夏ですし、あんまりできひんことないですか」

 予想していた問いかけに、用意していた回答を返す。戸山もあっさりと切り返してきた。

「まあそれは、取得単位数と就活の捗り具合によるな」
「俺そんなに自信無いですよ」
「……吹部辞めるって言うた時、井上くんとかに止められへんかったん?」

 いきなり出てきた旭陽の名前に、泰生は軽く動揺した。

「止められました、何かそれが逆に……しんどかったんです、だからもう部活はせんとこかなって」

 口にしてみると、それもまた事実だったように思えた。人間関係は泰生にとって、いつだって少し面倒くさい。
 戸山は、そうやなぁ、と泰生に理解を示す口調になったが、ぱっと翻った。

「あ、でも管弦楽団は、吹奏楽部とそこはちょっと違うかも」
「……え?」
「結構あっさりしてる……そんなこと無い?」

 戸山は言葉の最後を、横に座る岡本に向けた。ペットボトルの紅茶の蓋を開けた岡本は、ちらっと泰生を見る。

「どうですかね、俺は比較の対象を知らんので……まあでもくどいとかしつこいとか、練習以外では無いかもですね」
「練習はしつこいよな、それ以外は琥珀糖っぽい、あっさりしてるけど美味しい」

 戸山は言って笑った。その表情を見て、この人はオケのほうが楽しいのだと泰生は知る。吹奏楽部時代の彼女を知らな過ぎて、それこそ比較の対象が無いも同然だけれど。
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