あいつが気になる夏

穂祥 舞

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8.文化祭

9月第2週 土曜日③

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 遥大は眼鏡を少し直した。

「E組って演劇部とミュージカル部合わせて5人くらいいてるしな」
「社交ダンス部もおるやろ、踊ってたんも華があったわ……ダークホースかも」

 嶋田の言葉に、遥大は頷いた。A組の面々は、自分たちが最優秀賞候補の一角であることを自覚しているし、高村は狙いにいくと口にしてはばからない。目下最大のライバルは同じ演目を持ってきたB組だが、あまりその他のクラスをマークしていなかったかもしれない。
 しかしジュリエットがど素人の自分に代わった以上、もうA組の最優秀賞は無いと遥大は考えていた。だから、嶋田を見上げて話を変えてしまう。

「昼買いに来たんやろ? 買って教室戻ろか」
「うん、昨日たこ焼きやったから焼きそばがいいな」

 低栄養な日々になるのは、祭りの期間あるあるだ。焼きそばを出す2年生の屋台に向かうと、ちょうど焼き上がりをパックに詰めている最中だった。香ばしいソースの匂いが食欲をそそる。
 焼きそばとお茶2つずつください、と遥大が声をかけながら財布を出すと、嶋田はあの水色のエコバッグをズボンのポケットから引っぱり出す。

「それほんまに常備してるんか」

 遥大は軽く驚いて、嶋田に言った。彼はうん、と当たり前のように答える。

「ちょうど良かったやろ、平池同人誌買うてるし手一杯やん」

 文芸部や美術部の冊子のことを言っているらしい。嶋田はペットボトルの茶と焼きそばを受け取って、エコバッグの中に順番に入れた。

「ごめん、お金は後で、財布持って来んの忘れてるわ」
「エコバッグは持ってんのに? あっ、焼きそば傾くで」

 遥大と嶋田がごちゃごちゃしていると、屋台に立つ2年生たちがこそこそ話すのが聞こえてしまった。

「3-Aの人やんな? 噂のロミジュリの」
「リアルでも仲いいんや」
「微妙に尊い、やっぱり観に行こかな」

 嶋田は彼らに笑顔でありがと、と言ったが、どきっとした遥大は一刻も早くその場から立ち去りたくなった。3年にいろいろ言われるのはともかく、他学年の子たちにおかしな風説が広まっているっぽいのは、かなり微妙だ。
 遥大もぎこちなく笑みを作り、2年生たちに会釈した。ありがとうございました、という声に見送られ、やや早足で校舎に戻った。

「平池待って、ほんま足速いなぁ」

 嶋田に言われ、下駄箱で彼を待つ。上履きに履き替える嶋田からエコバッグを預かると、半ば独り言のように彼は言った。

「平池は、俺と仲良しって周りから思われんの、やっぱり嫌なんかな……」

 えっ! 遥大は別の意味で心臓をどきっとさせた。

「そっ、そうちゃうねん、何というか」

 遥大は左手に立つ嶋田を、戸惑いながら見上げる。悪いように誤解されて、これからもつるんで遊ぼうという今朝の話が嘘だったと思われたくなかった。

「仲がいいって言われるのはいいけど、いろんなとこでロミオとジュリエットになぞらえられるのが、だいぶん慣れたとはいえ微妙というか……」

 今は皆がお祭りテンションなのだから、仕方がないのだ。そのことも、理性の部分ではわかっている。
 嶋田はちらっと笑い、言葉が続かない遥大から、エコバッグを右手で受け取った。

「平池知ってる? 演劇でもバレエでもオペラでも、ロミオとジュリエットを演った2人って、リアルでも仲良くなってまうことが多いんやって」
「……へ?」
「ちなみにうちのおかんは、独身時代に初めてジュリエット歌った時、ロミオ役のテノールとしばらくつき合ったらしいわ」

 嶋田祐梨子の顔を思い出して、遥大はひゅっと音を立てて息を吸った。母親の元カレの話なんか、俺にすんなよ! 冷や汗が出そうだった。

「おっ、おまえ何が言いたいねん」

 嶋田は遥大より先に歩き出し、首だけで振り返る。その顔はからかい笑いに彩られていた。

「諦めろってこと……焼きそば冷めへんうちに早よ食べよ」

 またもや嶋田に半分遊ばれたことを悟り、遥大は歯噛みした。

「ほっ、本番でキスしたら不同意わいせつで訴えるからな!」

 嶋田は遥大の物騒な言葉に目を剥いた。

「何ちゅうこと言うねん……でもラストシーンは体勢不安定やし、アクシデントは許して?」

 軽く首を傾げる嶋田に、ゴールデンレトリーバーのリリーの姿が重なる。遥大は答えずに、膨れっ面になって嶋田の横に並び、階段に向かった。かなり頬が熱かった。
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