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5.秘密の自主練
9月第2週 日曜日②
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食器を片づけてから、遥大は嶋田にメッセージを送ることにした。一昨日は疲れ果てて帰り道に話す気力も無く、昨日はほとんど話せなかったからか、何か大事なことをやり忘れているような感じがずっとしていたからだった。
RHINEのトークルームを開いてから、彼が今日どこにいるのか、全く見当がつかないことに気づいたが、とりあえず文面を考えた。
『こんにちは。嶋田のお母さんはどのオペラでジュリエット役をされたんでしょう。ちょっと気になっただけなので、返事は急ぎません』
何訊いてんねん俺。話しかけたくて、ネタ探した奴みたい。
送信ボタンを押してから思った。更に、急ぎませんと言いつつ返事を待っている自分にも気づき、遥大は変な気分になった。観たいテレビ番組がある訳でもないので、自分の部屋に戻ろうとすると、スマートフォンが手の中で震えた。
『おはよう♡グノーやったと思う。今日おかん4時には帰ってくるし、話聞きにくる?』
遥大は画面を見て、早い返信にやはりちょっと嬉しくなる。嶋田は家にいるようだ。しかし……これ、家に来いって言われてるんやろか。
階段の前で立ち止まり、返答に迷う。日曜の真っ昼間に同級生からお誘いを受けるなんて、高校生になって初めてのように思う。
嶋田宅は隣の駅から徒歩10分弱らしいので、ごくごく近所だ。今日は一日受験勉強に励むつもりでいたが、午前中は結構頑張ったし、16時に行くとすれば、あと2時間半は勉強できるので、遊びに行く罪悪感は薄まる。
嶋田がいいのなら、お邪魔させてもらおう。決めた遥大はちょっとどきどきしながら、キーパッドに指を走らせた。
『勉強とか練習の邪魔にならないようなら行こうと思います』
遥大は嶋田と芝居の話をすれば、今の「人ではない」状態のジュリエットを何とかするきっかけを掴めそうな気がしていた(かなり独りよがりな期待だったが)。それに、音楽家の家とは一体どんな感じなのか、興味もある。返事はすぐに来た。
『了解、駅に着く時間連絡ちょうだい。おかんにお菓子買って帰ってきてもらうから、手ぶらで来てや。お待ちしております♡』
追ってもうひとつ、画面に吹き出しが現れた。
『食べるもののアレルギーとかあったら教えて』
『特に無いし、好き嫌いも無い。でもお気遣いなく』
遥大はすぐに答えて、ありがとうと笑顔で言ううさぎのスタンプを送った。楽しみだと思える予定を持つこと自体が久しぶりで、1人でそわそわしてしまった。
交友関係の少ない息子が、クラスの友人の家で勉強と芝居の練習をしてくると言ったので、母はかなり驚いたようだった。手土産を買ってくると財布を握る母に、遥大は思わず言う。
「手ぶらで来いって言われてるし」
母は苦笑した。
「そんな訳にはいかんやろ、何か日持ちするもん買ってくるわ……ついでに買い物してくる」
「……うん、夕ご飯までには帰ってくるわ」
「了解、カレーにしよかな」
外は晴れて暑いのに、母は出かける準備を始める。ふと、嶋田の家は両親も演奏活動で忙しくしていそうだが、嶋田は家のことを手伝うのだろうかと思った。
遥大は掃除も台所のことも、母の補佐レベルでしかないが多少はできる。もし第1か第2志望校に合格できれば、自宅から通学できるので、普段の生活に変わりは無さそうだ。でもそれでは、人として自立できないのではないかと時々思う。兄のように勉強ができても、家のことが何もできない、しかもそれを恥じてもいない男にはなりたくなかった。
母はぱたぱたと出て行った。父も兄も妹も出かけていて、部屋にこもると1階でひとりぼっちになるサラが可哀想なので、遥大は勉強道具一式を部屋から持ち出した。サラは遥大がリビングに入るとまとわりついてきたが、勉強を始めると、傍らで丸くなって居眠り始めた。彼女のぱしぱしした毛に包まれた頭をひと撫ですると、遥大は嶋田の家にゴールデンレトリーバーがいることを思い出し、その子に会うのもちょっと楽しみになってきた。
RHINEのトークルームを開いてから、彼が今日どこにいるのか、全く見当がつかないことに気づいたが、とりあえず文面を考えた。
『こんにちは。嶋田のお母さんはどのオペラでジュリエット役をされたんでしょう。ちょっと気になっただけなので、返事は急ぎません』
何訊いてんねん俺。話しかけたくて、ネタ探した奴みたい。
送信ボタンを押してから思った。更に、急ぎませんと言いつつ返事を待っている自分にも気づき、遥大は変な気分になった。観たいテレビ番組がある訳でもないので、自分の部屋に戻ろうとすると、スマートフォンが手の中で震えた。
『おはよう♡グノーやったと思う。今日おかん4時には帰ってくるし、話聞きにくる?』
遥大は画面を見て、早い返信にやはりちょっと嬉しくなる。嶋田は家にいるようだ。しかし……これ、家に来いって言われてるんやろか。
階段の前で立ち止まり、返答に迷う。日曜の真っ昼間に同級生からお誘いを受けるなんて、高校生になって初めてのように思う。
嶋田宅は隣の駅から徒歩10分弱らしいので、ごくごく近所だ。今日は一日受験勉強に励むつもりでいたが、午前中は結構頑張ったし、16時に行くとすれば、あと2時間半は勉強できるので、遊びに行く罪悪感は薄まる。
嶋田がいいのなら、お邪魔させてもらおう。決めた遥大はちょっとどきどきしながら、キーパッドに指を走らせた。
『勉強とか練習の邪魔にならないようなら行こうと思います』
遥大は嶋田と芝居の話をすれば、今の「人ではない」状態のジュリエットを何とかするきっかけを掴めそうな気がしていた(かなり独りよがりな期待だったが)。それに、音楽家の家とは一体どんな感じなのか、興味もある。返事はすぐに来た。
『了解、駅に着く時間連絡ちょうだい。おかんにお菓子買って帰ってきてもらうから、手ぶらで来てや。お待ちしております♡』
追ってもうひとつ、画面に吹き出しが現れた。
『食べるもののアレルギーとかあったら教えて』
『特に無いし、好き嫌いも無い。でもお気遣いなく』
遥大はすぐに答えて、ありがとうと笑顔で言ううさぎのスタンプを送った。楽しみだと思える予定を持つこと自体が久しぶりで、1人でそわそわしてしまった。
交友関係の少ない息子が、クラスの友人の家で勉強と芝居の練習をしてくると言ったので、母はかなり驚いたようだった。手土産を買ってくると財布を握る母に、遥大は思わず言う。
「手ぶらで来いって言われてるし」
母は苦笑した。
「そんな訳にはいかんやろ、何か日持ちするもん買ってくるわ……ついでに買い物してくる」
「……うん、夕ご飯までには帰ってくるわ」
「了解、カレーにしよかな」
外は晴れて暑いのに、母は出かける準備を始める。ふと、嶋田の家は両親も演奏活動で忙しくしていそうだが、嶋田は家のことを手伝うのだろうかと思った。
遥大は掃除も台所のことも、母の補佐レベルでしかないが多少はできる。もし第1か第2志望校に合格できれば、自宅から通学できるので、普段の生活に変わりは無さそうだ。でもそれでは、人として自立できないのではないかと時々思う。兄のように勉強ができても、家のことが何もできない、しかもそれを恥じてもいない男にはなりたくなかった。
母はぱたぱたと出て行った。父も兄も妹も出かけていて、部屋にこもると1階でひとりぼっちになるサラが可哀想なので、遥大は勉強道具一式を部屋から持ち出した。サラは遥大がリビングに入るとまとわりついてきたが、勉強を始めると、傍らで丸くなって居眠り始めた。彼女のぱしぱしした毛に包まれた頭をひと撫ですると、遥大は嶋田の家にゴールデンレトリーバーがいることを思い出し、その子に会うのもちょっと楽しみになってきた。
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