あいつが気になる夏

穂祥 舞

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4.決心

9月第1週 金曜日⑤

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 西本の説明に、遥大は妹が玄関に並べている靴を思い浮かべる。休日に普段履きしているものが、バレエシューズとやらだったように思う。

「平池くん、足のサイズは?」
「26やけど」

 木野と徳永が、遥大の返事を聞いて、うーん、と首を捻って唸った。

「やっぱりでっかいな」

 男性としては普通だが、女性の靴で26センチなら、大きな店か通販でないと取り扱っていないかもしれない。
 布を持つ嶋田が、カーテンの中の面々の注意を引くように手を動かした。

「俺のおかん、割と足でっかいから、靴どこで買ってるか訊いてみるわ」
「実店舗で試着したほうが良さそうやしな、至急頼むわ」

 西本はそう言ってから、こっそりとズボンのポケットからスマートフォンを出し、少し離れて遥大の全身を撮影した。正面と横と後ろの3枚を撮られる。

「緊急事態みたいなもんやしスマホ大目に見てな」

 遥大は頷いた。これで身体に合う衣装にしてくれるなら、遥大ががたがた言うことではない。
 試着が終了したので、遥大はそっとドレスから腕と足を抜き、手早く服を着た。ドレスはまるで繊細な蛹のようだと思った。こんなものを着て一日中過ごしていたとは、昔の女性は大変だ。
 遥大が服を整えたので、嶋田と高村が黒い布を畳み始めた。するとギャラリーから一斉にクレームが出た。

「えっ? 平池くんもう着替えてるやん」
「俺らも変な女神に拝謁したいぞ」

 あ、ごめん、と西本はクラスメイトたちに向かって両手を挙げた。

「写真撮ったし、クラス全体のRHINEで……回してもええか?」

 西本は最後にくるっと振り返り、遥大に尋ねた。本当は嫌だと言いたいところだが、皆がこちらに向けてくる好奇の視線が半端ないので、了承せざるを得なかった。



 ミュージカル部の副部長で、3-Aのプリマドンナの徳永が事故に遭い、文化祭の演劇に出演できないらしいという噂は、その日の授業が終わる頃には3年の全クラスに広まっていた。ではA組のジュリエットは誰が演じるのかと、誰もが興味を抱いたが、その情報は回っていない。高村がA組の面々に箝口令を敷いたのだ。
 文化祭の演劇の当日に配布される、各クラスのあらすじ付きのキャスト表は、3年の担任たちが作ることになっている。長谷部は高村の企みに乗っかって、原稿提出の締め切りぎりぎりまで、ジュリエット役を徳永から遥大に変更しないでおくと言った。おかしなところで妙に結束するこのクラスはどうかしている。遥大は溜め息が出そうになった。
 ジュリエット役をできる限り伏せておくのは、そんなに難しいことではなかった。放課後、帰宅する者が落ち着くと、舞台組で残ることができる面々が教室で練習を始める。廊下はすぐに静まり、今他のクラスで居残っている連中も練習しなくてはいけないのは一緒なので、A組のジュリエットが誰なのか、探りを入れに教室の前を通りかかる者はいなかった。
 徳永は練習につき合いたそうだったが、母親が迎えに来るので、仕方なく帰って行った。遥大は密かにほっとした。本役にべったり貼りつかれると、不肖の代役としてはやりづらい。
 高村は発声練習と本読みに遥大を参加させた。女性として遥大が話し辛い台詞を変更することを決め、早速ジュリエットの舞台での立ち位置を、順番に遥大に指示していく。

「まあジュリエットは群衆シーンあんまり無いし、とにかく客席に尻向けんように立つようにしとって」

 ジュリエットと2人のシーンが多い田村や嶋田は、遥大に合わせると言ってくれるが、それでどうすればいいのか、よくわからない。
 台本を眺めてひと通り口に出し、頭に入りそうなところは積極的に覚えていく。しかし緊張は抑えがたく、相手がいると振り回されてしまう。各クラスの持ち時間は最大1時間のため、シェイクスピアの台本はかなり端折られているが、おしゃべりな乳母とのキャッチボールや、愛を語るロミオとの駆け引きめいたやり取りが、自分でわかるくらいぎくしゃくして鈍くさい。
 高村は笑わないよう我慢してくれている様子だったが、ティボルトの死をジュリエットが聞かされる場面で、一旦芝居を止めた。

「いや、ぶっちゃけ平池が一日でここまでやってくれるとは思わんかった、敬服するわ」

 その場にいた全員が拍手で同意してくれた。遥大は肩の力を抜く。
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