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3.ドレスリハーサル
9月第1週 木曜日⑨
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ライバルであるB組の生徒たち数人が廊下から覗き見するのも大目に見つつ、3-Aのドレスリハは順調に進行して閉幕まで通された。ジュリエットがいないので悲劇感も半減だが、総監督の高村は現時点での仕上がりに満足感を示した。
「みんなお疲れさま、予想以上にいい雰囲気なんちゃうかな……まあ本番までに台詞は叩きこんでほしいけど、忘れても止まらんようにしてな」
生徒の行事に口を出さない長谷部が、珍しく出演者たちに注文をつけた。
「特に身分の高い男子、衣装に着られてる感がカッコ悪いから慣れろよ、あと決闘シーンがティボルト以外みんな間抜けなんは何とかならんか?」
嶋田を含めた該当する男子たちから、あー、と嘆きの声が出た。フェンシング部に所属するティボルト役の葉山晃が、申し訳なさそうに軽く手を挙げる。
「すみません、俺の責任において特訓します」
「おっしゃ、頼むで」
あとはなかなか良かったということで、放課後の特別練習はお開きとなった。教室の後方と廊下から拍手が起こり、横並びになった出演者が皆に挨拶した。拍手をしていたB組の生徒たちが、ばたばたと自分たちの教室に戻った辺り、危機感を覚えたらしい。
「よっしゃ、焦れ焦れ……」
にやつきながら低く呟く高村がちょっと怖くて、遥大は密かに引いた。嶋田が西本に着替えを手伝ってもらいながら、高村にあっさりと情報提供する。
「隣な、ちょっと過激な演出多いから、それについていかれへんって出演者の一部から苦情出てるらしいわ」
「マジか? 嶋田どっからそんな話聞いてん、B組めっちゃ情報封鎖してんのに」
高村を筆頭に、その場にいた多くの者が驚きを示す。学業の成績のみならず、同じ部活動内でも、A組とB組の人間はライバル関係になりやすい。写真部はのんびりしているので、遥大はB組の部員とも普通に話すが、文化祭の演劇の話題は何となく、これまで口にしていなかった。
あの物語で何をどう過激にしているのか、遥大はそこが気になってしまう。嶋田は皆の興味を引いていることもそんなに気にしていない口調で、高村の質問に答える。
「B組の美佳ちゃん……若林がな、音響担当してるんやけど、こないだヴァイオリンの教室で会うた時にちらっと教えてくれた」
皆の驚きの種類が変化した。遥大の胸の内にすぐに沸いた疑問を、倉崎が代弁してくれる。
「若林ってフランス語もできる子やんな、つき合ってんのか?」
嶋田の目が丸くなった。まさかそんな風に受け取られるとは思わなかったと言わんばかりだ。
「いや、ついてる先生がちっさい時から一緒なだけで……あっもしかして隣の話、言わんほうがよかったん?」
天然ボケのような嶋田の発言に、女子たちがくすくす笑った。高村は、そんなことはない、と厳かに言う。
「B組の状況はわかった、と言うて俺らが気を緩める理由にはならへんからな」
出演者が全員着替え終わると、教室の机を元通りにして解散となった。これから塾に行く者は、急ぎ足で教室から出て行く。遥大は、大道具の設置と撤去のタイミングをメモしたプリントをざっと眺め、場面転換の流れが作れそうな手応えを得て満足した。
それにしても隣のクラスに、嶋田が下の名前を呼ぶような女子がいるとは知らなかった。若林美佳のことは、英語と現代文の成績を争う生徒という認識が遥大にはあるが、楽器をやるとは初耳だ。嶋田と同じ教室で、お互い長い期間教えてもらっていると言ったか。
嶋田はどうもモテるようなので、彼にそんなつもりが無くても、若林のほうはどうかわからない。そして遥大は、嶋田に秋波を送っている徳永が今日いたらどんな顔をしただろうと考えたが、そんなことを気にしている自分に、一人で首を傾げた。どうでもええやん。
でも、若林や徳永のような賢くて小ぎれいな女の子と、嶋田が交際を始めることを想像すると、遥大の胸の中に何かざらざらしたものが広がる。その感情の動きが自分でも意味がわからないし、突き詰めるとやっぱりどうでもいいのだが。
遥大は筆記用具を筆箱に片づけ、帰る用意を始めた。
「みんなお疲れさま、予想以上にいい雰囲気なんちゃうかな……まあ本番までに台詞は叩きこんでほしいけど、忘れても止まらんようにしてな」
生徒の行事に口を出さない長谷部が、珍しく出演者たちに注文をつけた。
「特に身分の高い男子、衣装に着られてる感がカッコ悪いから慣れろよ、あと決闘シーンがティボルト以外みんな間抜けなんは何とかならんか?」
嶋田を含めた該当する男子たちから、あー、と嘆きの声が出た。フェンシング部に所属するティボルト役の葉山晃が、申し訳なさそうに軽く手を挙げる。
「すみません、俺の責任において特訓します」
「おっしゃ、頼むで」
あとはなかなか良かったということで、放課後の特別練習はお開きとなった。教室の後方と廊下から拍手が起こり、横並びになった出演者が皆に挨拶した。拍手をしていたB組の生徒たちが、ばたばたと自分たちの教室に戻った辺り、危機感を覚えたらしい。
「よっしゃ、焦れ焦れ……」
にやつきながら低く呟く高村がちょっと怖くて、遥大は密かに引いた。嶋田が西本に着替えを手伝ってもらいながら、高村にあっさりと情報提供する。
「隣な、ちょっと過激な演出多いから、それについていかれへんって出演者の一部から苦情出てるらしいわ」
「マジか? 嶋田どっからそんな話聞いてん、B組めっちゃ情報封鎖してんのに」
高村を筆頭に、その場にいた多くの者が驚きを示す。学業の成績のみならず、同じ部活動内でも、A組とB組の人間はライバル関係になりやすい。写真部はのんびりしているので、遥大はB組の部員とも普通に話すが、文化祭の演劇の話題は何となく、これまで口にしていなかった。
あの物語で何をどう過激にしているのか、遥大はそこが気になってしまう。嶋田は皆の興味を引いていることもそんなに気にしていない口調で、高村の質問に答える。
「B組の美佳ちゃん……若林がな、音響担当してるんやけど、こないだヴァイオリンの教室で会うた時にちらっと教えてくれた」
皆の驚きの種類が変化した。遥大の胸の内にすぐに沸いた疑問を、倉崎が代弁してくれる。
「若林ってフランス語もできる子やんな、つき合ってんのか?」
嶋田の目が丸くなった。まさかそんな風に受け取られるとは思わなかったと言わんばかりだ。
「いや、ついてる先生がちっさい時から一緒なだけで……あっもしかして隣の話、言わんほうがよかったん?」
天然ボケのような嶋田の発言に、女子たちがくすくす笑った。高村は、そんなことはない、と厳かに言う。
「B組の状況はわかった、と言うて俺らが気を緩める理由にはならへんからな」
出演者が全員着替え終わると、教室の机を元通りにして解散となった。これから塾に行く者は、急ぎ足で教室から出て行く。遥大は、大道具の設置と撤去のタイミングをメモしたプリントをざっと眺め、場面転換の流れが作れそうな手応えを得て満足した。
それにしても隣のクラスに、嶋田が下の名前を呼ぶような女子がいるとは知らなかった。若林美佳のことは、英語と現代文の成績を争う生徒という認識が遥大にはあるが、楽器をやるとは初耳だ。嶋田と同じ教室で、お互い長い期間教えてもらっていると言ったか。
嶋田はどうもモテるようなので、彼にそんなつもりが無くても、若林のほうはどうかわからない。そして遥大は、嶋田に秋波を送っている徳永が今日いたらどんな顔をしただろうと考えたが、そんなことを気にしている自分に、一人で首を傾げた。どうでもええやん。
でも、若林や徳永のような賢くて小ぎれいな女の子と、嶋田が交際を始めることを想像すると、遥大の胸の中に何かざらざらしたものが広がる。その感情の動きが自分でも意味がわからないし、突き詰めるとやっぱりどうでもいいのだが。
遥大は筆記用具を筆箱に片づけ、帰る用意を始めた。
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