あいつが気になる夏

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
3 / 66
1.ムカつくクラスメイト

8月上旬①

しおりを挟む
 夏休みになると、遥大は自宅周辺で夏期講習とアルバイトに励む生活に入った。特に楽しいことも無いが、心をざわめかせることも起きず、極めて平和だ。
 遥大は写真部に所属しているが、3年生には夏季休暇中の出席を求めておらず、少なくともお盆が終わるまでは、学校に出向かなくてよかった。高校生活最後の出品となる文化祭の展示に向けて、いい写真を各自数枚用意しておくよう顧問から言われており、2年半続けたアルバイトもいよいよ最終出勤月を迎えたので、店長に頼んで、店内で数枚撮らせてもらおうと遥大は思った。
 遥大のアルバイト先は、駅にほど近い雑居ビルの中にある、カフェ兼ライブハウスだ。といっても客が20人も入れば満席になる小さな店で、大津港に観光に来る人の来店を全く期待しない、近所の住人の憩いの場だ。ほぼ店長の趣味で開催されている第2・4金曜の20時からのライブタイムは、プロアマ問わずいろんなジャンルのミュージシャンがやってくる。
 遥大はこの店で週3日、夕方から閉店まで働いているが、あくまでも周囲にはカフェバイトだと話していた。金曜の夜はこれまた店長の趣味で酒を出すため、店の雰囲気ががらっと変わる。いかがわしいとまでは思わないし、必ず22時までに上がらせてくれるが、あまり高校で大っぴらにしたくない。とはいえ世の中は狭いので、例えば教員などが来てもすぐにバレないよう、ライブタイムになると遥大は眼鏡をコンタクトに変え、前髪を上げるなどしていた。



 センター試験の数学の過去問題をキリのいいところまで解き終わり、遥大はカフェ「レイクサイド」に向かった。太陽は壊れたかのように、容赦ない光を全力で地上に降り注いでいた。自転車を漕いでも風は生温く、強い日差しであっという間に汗ばむ。
 カフェは細長い雑居ビルの3階のワンフロアを使い、入り口は1か所だ。遥大が店の扉を押すと、10人ほどの客が皆冷たいものを飲んでいた。

「遥ちゃん、おはよう」

 カウンターでグラスを拭いていた店長の宮間みやまと、空いたテーブルを片づけるフリーターの金澤かなざわがほぼ同時に言った。おはようございます、と返し、遥大は奥の控え室に向かう。
 ボディペーパーで手早く汗を拭き、Tシャツを替えて紺色のエプロンを着けた。そして今日のライブの出演者のために、室内を片づけ始める。食材や飲料のストックを隅に寄せて床にスペースをつくり、普段使わない2人掛けのソファにかけられたカバーを外して畳む。
 店に出ると、宮間に礼を言われた。

「もうほんま、遥ちゃん辞めたら、金曜日ライブでけへんようになるわ」
「俺来る前からやってはったじゃないすか」

 遥大はややぶっきらぼうに応じた。我ながら、こんな調子でよく働いて来れたと思う。この店のスタッフも常連客も、高校生バイトがちょっぴり不愛想なのを大目に見てくれているのは、この清潔感のある男子がくるくると良く働くからだ。
 大事なことを思い出して、遥大は洗い物をしながら尋ねる。

「店長、今日ライブ始まる前に店の写真撮っていいですか? 文化祭の展示のネタ探してて」

 遥大が写真部に所属していることを知る宮間は、あっさり答えた。

「ああ、バンドがええって言うてくれたら、ライブの写真も撮ったらええやん」

 演奏中にオーダーをする客はあまりいないので、ライブが始まれば案外暇なのだ。
 金澤が、アイスコーヒー2つでーす、とオーダーを告げる。遥大は濡れた手を拭いて、2つのグラスに氷を入れるべく冷凍庫を開けた。宮間は冷蔵庫からアイスコーヒーの入った水筒を出し、金澤はカウンターに入ってきて、コーヒーをドリップする準備を始めた。

「アイスコーヒー、7時までもたへんやろし沸かしときますよ」

 ライブのある金曜のレイクサイドは、会場設営と出演者のリハーサルのために19時に一旦閉店する。それまでどれだけの客が来るかわからないが、今日はとにかく暑くて、アイスのメニューばかり出ているようだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

彼はオタサーの姫

穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。 高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。 魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。 ☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました! BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。 大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。 高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

キスは氷を降りてから

インナケンチ
BL
アイスホッケー選手の先輩と後輩⋯⋯さらに甥っ子? ある理由で“本気の恋”を避けてきた男が、本気の男たちに翻弄されて⋯⋯ *****************************  特定のスポーツを題材にしていますが、あくまでフィクションです  実在しない組織、設定が多数あります *****************************  黒川 響(27)聖クラスナ高校教師・元HCレッドスター/ディフェンス  蒼井 壮平(28)大手住宅メーカー営業・HCレッドスター/ゴーリー  赤城 夏海(17)聖クラスナ高校2年生・アイスホッケー部/オフェンス *****************************

俺を注意してくる生徒会長の鼻を明かしてやりたかっただけなのに

たけむら
BL
真面目(?)な生徒会長×流されやすめなツンデレ男子高校生。そこに友達も加わって、わちゃわちゃの高校生活を送る話。 ネクタイをつけてこないことを毎日真面目に注意してくる生徒会長・伊佐野のことを面白がっていた水沢だったが、実は手のひらの上で転がされていたのは自分の方だった? そこに悪友・秋山も加わってやいのやいのにぎやか(?)な高校生活を送る話。 楽しんでいただけますように。どうぞよろしくお願いします。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

処理中です...