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ホワイトデーのたくらみ
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新宿2丁目のショーパブ「ルーチェ」で、翔大は客や共演者から「若いショウくん」と呼ばれている。翔大が所属している男5人のダンスユニット「ドルフィン・ファイブ」に、もう1人ショウという名のダンサーがいるからだ。30代前半の彼が「ベテランのショウ」と呼ばれるのはちょっと申し訳ないのだが、素晴らしい踊り手であり振付家なので、翔大は光栄に思っている。
しかし翔大には、「若いショウ」と自分を呼んでほしくないひとがいる。ドルフィン・ファイブの古参ファンである美智生だ。彼は近所の女装バー「めぎつね」のサブママで、リーダーのユウヤ推しなのだが、できれば自分推しになってほしいと翔大は思っていた。
ベテランのショウと、ショウの彼氏で、美智生とともにめぎつねに勤めるハルさんが、この半年間何となく、翔大と美智生の間を取り持ってくれようとしている。しかしショウいわく「翔大は踊りは派手なくせにヘタレだから」、美智生からいつまで経ってもガキ扱いされていた。
その土曜日、ダンスのレッスンが終わってから、翔大は美智生と出かける約束を取りつけていた。美智生が職場の女性たちへのホワイトデーのお返しを見に行きたいと言ったからである。つき合いますよ、と軽い感じで言うと、そのままOKだったので、大きなチャンスだった。
「おはよう、忙しいのに悪いな」
デパートに近い駅出口の前で、美智生と待ち合わせた。彼は女装するととんでもなく美人になり、最初その姿に惹かれた。でもこの半年近くは、男の姿の彼も好ましく思っている。
「いえ、クッキーとかは俺も好きですから」
「ショウくん、甘いもの好きなんだ? いや、なかなか男独りではお菓子の催事フロアって行きにくいだろ?」
美智生が笑いながら言うと、それだけで翔大のテンションが上がる。
「ですよね、俺バレンタインは妹にくっついて行ったことあります」
「わかる! 俺は姉が2人いるんだ……もうとっくの前にどっちも嫁に行ってるけど、仕事で女装始めた頃、俺が化粧品買うのにもついてきてくれたなぁ」
美智生が姉たちと仲が良く、彼女らが弟の性的指向に理解があるらしいことは、翔大をほっとさせた。早速デパートに向かい、エレベーターに乗って到着した催し会場は、想定外に女性で溢れていた。
「あれ、男の人あんまりいないですね」
「女の人が自分用に買うんだよ、たぶん」
翔大は会話を交わしつつ、怖気づきそうな自分を奮い立たせ、美智生と共に戦場に分け入る。美智生が向かったのは日本の菓子ブランドや菓子店のコーナーで、意外とシンプルなクッキーに注目している。
翔大は美智生に源氏名で呼びかけた。
「ミチルさん、こういうのが好きですか?」
美智生はうん、とにっこり笑う。
「食い物はシンプル・イズ・ベストだ」
可愛いな、と密かに翔大がニヤつきを堪えていると、急に美智生はズボンのポケットからスマホを出した。
「うわ、ショウくんごめん、すぐ戻るからこの辺にいて」
休みなのに、会社から電話らしい。急いで会場を離れる背中を見送り、翔大はさっき美智生が見ていたクッキーのアソートセットを急いで購入した。
戻ってきた美智生に、もう買ったのかと笑われながら、会場を見て回った。美智生の職場用の買い物が終わると、自分が気に入ったクッキーを買い、喫茶店に落ち着く。
コーヒーが来ると、翔大はどきどきしながら、一番に買ったクッキーの紙袋を美智生の前に差し出した。そして意を決して口を開いた。
「こっ、これは、俺からの気持ちです」
美智生は目を見開く。翔大は続けた。
「俺は将来どうなるかわからないし、ユウヤさんとかショウさんみたいにダンサーとしての魅力もあまり無いです、でも」
でも何なんだ? 俺がミチルさんにアピールできることなんか、何も無い。
言葉が切れて、沈黙が流れた。翔大が焦って口をぱくぱくさせると、美智生はふっと笑った。
「ごめん、俺ハルちゃんやショウの態度見て、ショウくんの気持ち察してたんだけど、気づかないふりしてた」
「え?」
美智生の笑いが苦くなる。翔大の思いもしないような言葉が続いた。
「だって俺はショウくんより8つも年上だし、変態のサラリーマンだよ? 家族は知ってるけど、職場ではゲイだってことも女装してることも隠してる」
そんな風に美智生が自分を評するのが、ショックだった。
「そんな言い方……! 俺は男の美智生さんも女のミチルさんも好きです、本当なら俺なんか釣り合わない、でも」
また少し沈黙が落ちたあと、ありがとう、と美智生は小さく言った。
「俺はショウくんのダンス好きだよ、きっともっと伸びると思う……だからこそ、何て言うか」
「伸びるかどうかわからないです、もちろんそうなりたいし、ユウヤさんを超えたいけど……」
だからどうなんだ。自分が情けなくて、涙が出そうになった。すると美智生はくすっと笑う。
「わかった……もうショウくん、俺のヒモになっとけ」
「は?」
「大物になるまで面倒見るから、簡単に捨てるなよ」
それは、美智生の照れ隠しの承諾らしかった。それを理解するのに少し時間がかかったが、翔大は頭の中がピンク色の綿菓子みたいなもので満たされていくのを感じた。
クッキーが運んできたハッピーエンド、いや、ハッピービギニングだった。
〈初出 2024.2.10 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:甘いもの、ハッピーエンド〉
しかし翔大には、「若いショウ」と自分を呼んでほしくないひとがいる。ドルフィン・ファイブの古参ファンである美智生だ。彼は近所の女装バー「めぎつね」のサブママで、リーダーのユウヤ推しなのだが、できれば自分推しになってほしいと翔大は思っていた。
ベテランのショウと、ショウの彼氏で、美智生とともにめぎつねに勤めるハルさんが、この半年間何となく、翔大と美智生の間を取り持ってくれようとしている。しかしショウいわく「翔大は踊りは派手なくせにヘタレだから」、美智生からいつまで経ってもガキ扱いされていた。
その土曜日、ダンスのレッスンが終わってから、翔大は美智生と出かける約束を取りつけていた。美智生が職場の女性たちへのホワイトデーのお返しを見に行きたいと言ったからである。つき合いますよ、と軽い感じで言うと、そのままOKだったので、大きなチャンスだった。
「おはよう、忙しいのに悪いな」
デパートに近い駅出口の前で、美智生と待ち合わせた。彼は女装するととんでもなく美人になり、最初その姿に惹かれた。でもこの半年近くは、男の姿の彼も好ましく思っている。
「いえ、クッキーとかは俺も好きですから」
「ショウくん、甘いもの好きなんだ? いや、なかなか男独りではお菓子の催事フロアって行きにくいだろ?」
美智生が笑いながら言うと、それだけで翔大のテンションが上がる。
「ですよね、俺バレンタインは妹にくっついて行ったことあります」
「わかる! 俺は姉が2人いるんだ……もうとっくの前にどっちも嫁に行ってるけど、仕事で女装始めた頃、俺が化粧品買うのにもついてきてくれたなぁ」
美智生が姉たちと仲が良く、彼女らが弟の性的指向に理解があるらしいことは、翔大をほっとさせた。早速デパートに向かい、エレベーターに乗って到着した催し会場は、想定外に女性で溢れていた。
「あれ、男の人あんまりいないですね」
「女の人が自分用に買うんだよ、たぶん」
翔大は会話を交わしつつ、怖気づきそうな自分を奮い立たせ、美智生と共に戦場に分け入る。美智生が向かったのは日本の菓子ブランドや菓子店のコーナーで、意外とシンプルなクッキーに注目している。
翔大は美智生に源氏名で呼びかけた。
「ミチルさん、こういうのが好きですか?」
美智生はうん、とにっこり笑う。
「食い物はシンプル・イズ・ベストだ」
可愛いな、と密かに翔大がニヤつきを堪えていると、急に美智生はズボンのポケットからスマホを出した。
「うわ、ショウくんごめん、すぐ戻るからこの辺にいて」
休みなのに、会社から電話らしい。急いで会場を離れる背中を見送り、翔大はさっき美智生が見ていたクッキーのアソートセットを急いで購入した。
戻ってきた美智生に、もう買ったのかと笑われながら、会場を見て回った。美智生の職場用の買い物が終わると、自分が気に入ったクッキーを買い、喫茶店に落ち着く。
コーヒーが来ると、翔大はどきどきしながら、一番に買ったクッキーの紙袋を美智生の前に差し出した。そして意を決して口を開いた。
「こっ、これは、俺からの気持ちです」
美智生は目を見開く。翔大は続けた。
「俺は将来どうなるかわからないし、ユウヤさんとかショウさんみたいにダンサーとしての魅力もあまり無いです、でも」
でも何なんだ? 俺がミチルさんにアピールできることなんか、何も無い。
言葉が切れて、沈黙が流れた。翔大が焦って口をぱくぱくさせると、美智生はふっと笑った。
「ごめん、俺ハルちゃんやショウの態度見て、ショウくんの気持ち察してたんだけど、気づかないふりしてた」
「え?」
美智生の笑いが苦くなる。翔大の思いもしないような言葉が続いた。
「だって俺はショウくんより8つも年上だし、変態のサラリーマンだよ? 家族は知ってるけど、職場ではゲイだってことも女装してることも隠してる」
そんな風に美智生が自分を評するのが、ショックだった。
「そんな言い方……! 俺は男の美智生さんも女のミチルさんも好きです、本当なら俺なんか釣り合わない、でも」
また少し沈黙が落ちたあと、ありがとう、と美智生は小さく言った。
「俺はショウくんのダンス好きだよ、きっともっと伸びると思う……だからこそ、何て言うか」
「伸びるかどうかわからないです、もちろんそうなりたいし、ユウヤさんを超えたいけど……」
だからどうなんだ。自分が情けなくて、涙が出そうになった。すると美智生はくすっと笑う。
「わかった……もうショウくん、俺のヒモになっとけ」
「は?」
「大物になるまで面倒見るから、簡単に捨てるなよ」
それは、美智生の照れ隠しの承諾らしかった。それを理解するのに少し時間がかかったが、翔大は頭の中がピンク色の綿菓子みたいなもので満たされていくのを感じた。
クッキーが運んできたハッピーエンド、いや、ハッピービギニングだった。
〈初出 2024.2.10 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:甘いもの、ハッピーエンド〉
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