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取引先の営業マンの華麗なる副業

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 私は目を疑った。初めて本社にやって来た営業担当者を、先週こことは似ても似つかぬ場所で絶対に見た。間違えてはいないと思う。だって私は2時間近く、ほぼ彼だけを目で追っていたのだから。

「本日はありがとうございます、ウィルウィンの吉岡と申します」

 何の個性も無い紺色のスーツに身を包んだ彼は、名刺を差し出した。長い前髪と銀縁の眼鏡の下から、黒い瞳を私のほうに向けている。いや、地味過ぎる、もしかしたら一卵性の双子かもしれない……などと考えていたら微妙な間が開いてしまい、私は慌てて名刺を受け取った。
 有限会社ウィルウィンは、主にアジア圏の珍しい菓子や嗜好品を取り扱う輸入会社だ。今夏、私がバイヤーとして勤務するチェーンスーパーで、久々にアジアフェアを催すことになった。直接の買い付けが困難な商品も多いので、対応が早く丁寧だと評判の良いこの社と繋がることにしたのだった。
 営業担当の吉岡の話は明快で、例えばこちらの要望に対して、すぐに返答できないことを誤魔化さず、3日お待ちいただけますか? とはっきり答えた。また、気を持たせるような言い方や、駄目だった時のために伏線を張るような言葉遣いをしない。気の短い小売業のバイヤーをイラつかせない術を心得ている。
 周囲には隠しているが、私はゲイだ。専門の雑誌の中で取り上げられていたので興味を覚え、先週の水曜日の夜、新宿のちょっと怪しいショーパブに男性のストリップを観に行った。雑誌に書かれていたほど煽情的ではなかったが、生でプロのダンスを至近距離で観ることそのものが予想外にエキサイティングだった。5人の半裸の男の踊りは良い酒の肴になり、楽しいひとときを過ごすことができた。
 その舞台に出演していたダンサーのうちの1人が、目の前の営業マンとそっくりなのだ。髪型が違うし眼鏡もかけていなかったが、切れ長の目や上下のバランスの良い唇は見間違えなかった。まあ要するに、そのダンサーはかなり私の好みだったということだ。
 会社員、ましてや営業ならそこそこ忙しいはずだから、平日の深夜に踊っているとは考えにくい。だが、長い手足や鍛えられた上半身は、スーツ姿からも透けて見える。
 軽い動揺を抱えながら商談をして、スムーズに落とし所が見えてくると、やたらとほっとして溜め息が出てしまった。吉岡は訊いてくる。

「お疲れですか? 後は明日以降メールでも大丈夫かと思います」
「あ、いえ、お気遣いありがとうございます」

 私は答えて、吉岡を見送るべく立ち上がった。応接室を出て、エレベーターホールまで見送りがてら、私は気になっていることに関し、吉岡にジャブを打ってみることにした。

「吉岡さん、お身内にダンサーとかいらっしゃいますか?」

 吉岡の身長は私と変わらなかった。彼は眼鏡の奥の目をゆっくりまばたく。

「どうしてですか?」
「いや、とある場所で吉岡さんによく似た人が踊ってるのを、最近見たものですから」

 言いながら私は、そうなんですね、と吉岡が応じることを予想したが、彼は違う反応をした。

「取手ですか? それとも新宿2丁目?」

 私のほうが度肝を抜かれた。吉岡の表情には、困惑や警戒などは一切無い。私が口をぱくぱくさせてしまうと、彼は薄く笑う。

「新宿2丁目ですよね? 私、貴方のこと覚えてますから」
「えっ!」

 心臓がどくんと鳴る。吉岡を困らせようとしてこの話を持ち出した訳ではなかったが、逆にこちらが何か脅されるのではないかと私は警戒し、焦った。
 私の表情を伺っていた吉岡が、鞄を持ち直す。

「あの店にいらしたことは内緒にしてらっしゃるんですね……ここだけの話にしておきます」
「あ、それはその……そうしてくれたら助かります、しかし吉岡さん、あなた……」

 あんな副業をしていて大丈夫なのか。訊こうとすると、彼は先に答えた。

「私は特に隠してないんですよ、うちの社長を含めて、社内に知ってる人もいます……あの店、舞台がはねた後に私たち客席に挨拶に行くでしょ? ご新規様はすぐわかるし、記憶に残ります」

 ジャブを打つつもりが、すっかりやり返されてしまった。エレベーターを呼ぶためにボタンを押すと、吉岡はにっこり笑った。

「私は昼の仕事と夜の仕事は完全に分けてます、でもやっぱり夜のお客様だとわかっちゃったので……」

 エレベーターの扉が開き、吉岡はスマートな足の運びで中に乗り込んだ。

「是非またお越しください、心よりお待ちしております」

 笑顔で黒い髪を揺らして、吉岡が深々と頭を下げると、ドアがゆっくり閉まった。その場に1人残された私は、しばしぼんやりと立ち尽くしていた。


〈初出 2024.2.3 #創作BL深夜の60分一本勝負 お題:オフィス、スーツ〉
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