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黒ラブが家にいる年末①

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 夕方、晴也が1人で近所のスーパーに買い出しに出かけている間に、膝の怪我以来世話になっている整形外科に年内最後の診察を受けに行っていた晶が、家に戻っていたようだった。

「ただいまショウさん、今夜は」

 そこまで言って、晴也は言葉を失った。寝室から、黒い毛の大きな犬がのっそりと出てきたからだ。
 晴也は玄関の扉に背中をつけて、うわぁ、と叫びそうになったが堪えた。病院の後で人と会うと晶は話していたので、その人から、年末年始に帰省する間だけ犬を預かってくれと頼まれたのかもしれないと思ったからだった。
 犬は前足を前に出して、ぐぐっと伸びをした。そして晴也の顔を真っ直ぐ見上げ、長めの尻尾をぱたぱた揺らす。喜んでいるらしい。あ、こいつラブラドールだ、と、身体と同じその黒い瞳を見ながら晴也は思った。晶の実家に、白い毛の同じ犬がいる。人懐っこく賢い子だ。

「おまえ、こんな狭い家じゃのびのびできないよなぁ、ショウさんもその辺考えたらいいのに」

 晴也は靴を脱ぎ、食品の入ったエコバッグを手にキッチンに向かう。黒いラブラドールは、ぴったりとついてきた。
 無責任にも、晶はいなかった。預かりものの犬を放置して出かけるなんて……晴也は呆れる。
 深めの皿に水を入れて出してやったが、黒ラブは匂いを嗅いで、不満げに鼻を鳴らした。喉は乾いていないらしい。ところが晴也が、冷蔵庫に食料品を片づけてから紅茶を飲もうと準備すると、黒ラブはがしっと前足を晴也の腰にかけてきた。その重さに、晴也はよろめいてしまう。

「おっと、おまえの好きそうなものは出ないぞ……ドッグフードとかおやつ、買わないと無いんだよなぁ」

 動物が好きな晴也だが、犬を飼ったことはない。晶の実家で、何を置いていたか思い出してみる。ガムや、缶詰とドライのフードなら、スーパーに置いているだろう。
 黒ラブは、晴也が淹れている紅茶が欲しいらしく、切ない声できゅんきゅん鳴き出した。晴也はへ? と首を傾げた。

「犬って紅茶なんか飲みたがるのかな、ミルクも入れてないのに……」

 黒ラブが火傷しないよう、晴也は半分の紅茶を少し冷ましてから、深皿に入れてやる。犬はぴちゃぴちゃと音を立てて、美味しそうにストレートティーを飲んだ。変わった好みだ。
 黒ラブがきれいに飲み終わった皿と、自分が紅茶を飲み干したマグカップを流しに置き、晴也はリビングに向かう。日が落ちるのが早く、もう窓の外は薄闇になっていた。
 晴也は、図々しくソファに上がって身体を丸めた黒ラブの頭に、そっと触れてみた。柔らかくて気持ちいい。彼(黒ラブはオスだった)は嬉しそうに軽く首を振り、晴也の手の薬指に嵌まっているシルバーとゴールドを重ねた指輪に鼻をくっつけた。

「いい指輪だろ? やっとできたんだ……ここだけの話、結構嬉しかったりして」

 黒ラブは晴也の内緒話に共感するように、ぴすっと鼻を鳴らした。可愛いなと思った。
 犬のエサを買わなくてはいけないので、晴也が再び財布を手にして立ち上がると、黒ラブは勝手に寝室に行き、太いリードを持って来た。賢過ぎないか? 晴也は驚く。

「散歩ついでに一緒に行こうか」

 一応ペットは飼えないマンションなので、ひやひやしながらエレベーターに乗ったが、もう世間は仕事じまいを迎えたからか、幸い誰にも会わずにマンションから出ることができた。駅前のスーパーは年末の買い物客で混雑しており、入り口にリードをくくりつけ黒ラブを待たせることに不安があったが、彼はちょこんとその場に座り、見知らぬおばあさんから賢いわねぇ、などと褒められていた。
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