49 / 68
たかが指輪、されど指輪②
しおりを挟む
その時、ただいま、という声が玄関から聞こえた。時間がいつもより少し早い気がするが、ショーパブの舞台の後片づけが早く終わったとみえる。
「ハルさん、起きてて良かった……常連のお客さんからプレゼントを貰ったぞ」
水曜はゲイ向けのストリップデーなので、何か晶に手渡したらしいファンは、間違いなく男性だ。いつもならそんなことは気にならないのに、今夜の晴也はそれさえ何やらもやっとした。
「ふうん、何を貰ったんだ?」
気の無い返事をする晴也に、晶は鞄から一通の封筒をもったいぶって出し、妙に真面目な顔をしてゆっくりと手渡した。何芝居がかってんだと思いつつ見ると、封筒にはInvitationと、美しい飾り文字で書いてある。
晶は洗濯物を出しに、洗面台に向かう。晴也は中に入っているカードを、封筒から抜き出した。どこぞの店の割引券のようである。
「これからご結婚を考えているカップル様に、2023年いい夫婦の日限定ご招待……」
晴也は何の気なしにカードの文面を読み上げて、そこではたと声を止めた。そこに晶が戻ってきた。
「ほら、この間指輪くらい作れよ、みたいな話になっただろ? どうも優さんがこのお客さんにその話をしたみたいで、これをくれた」
晴也は晶をぱっと見上げた。彼は少しドヤ顔になっている。
「デザイナーズジュエリーを小さい店舗で取り扱ってる人なんだ……一見さんお断りで、個別接客してくれる店らしい」
晴也は驚いて、もう一度カードを見つめた。有効期限は、今日から今月末までと書いてある。何だか胸がどきどきしてきた。すると晶のがっかりしたような声がした。
「何だハルさん、あまり嬉しくなさそう……」
彼は叱られた犬のような風情を醸し出している。晴也は、そんなことない、と慌てて否定した。
「う、嬉しいよ、でっ、でも、デザイナーズジュエリーって……高いんだろ?」
「だから特別ご招待券なんだって……最大4割引だぞ、買わなくていいから遊びに来てほしいって言ってくれた」
晶は、どうする? と軽い調子で訊いてきた。晴也は興奮を抑えつつ、封筒の隅を握りしめる。
「いっ、行くぞ、今週中に……どんなのがあるのか見てみたい」
「よっしゃ、明日の朝一番に連絡するから、風呂入りながらいつがいいか決めて……午後以降なら明日でもいいって言ってたよ」
真っ赤な顔をして立ち尽くす晴也の代わりに、晶が風呂のお湯張りのスイッチを入れに行ってくれた。晴也は、一瞬でも晶に不信感に似た感情を抱いたことを悔やむ。そして、指輪の話を持ち出されただけで舞い上がってしまう自分が可笑しくなった。
「おおっハルさん、そんなに嬉しいか、持って帰ってきた甲斐があった」
晶は少し涙ぐんだ晴也の顔を覗きこんできて、言った。軽く抱きしめられて顔を上げると、彼も嬉しそうに笑っていた。
ちゃんとしたカップルである証が欲しい。もっと早くに、素直にそう言えばよかっただけなのに。晴也は晶に対して申し訳なくなる。本当に感激した時は、感情がくるくると回って忙しいものなのだと、あらためて晴也は思うのだった。
〈書き下ろし〉
「ハルさん、起きてて良かった……常連のお客さんからプレゼントを貰ったぞ」
水曜はゲイ向けのストリップデーなので、何か晶に手渡したらしいファンは、間違いなく男性だ。いつもならそんなことは気にならないのに、今夜の晴也はそれさえ何やらもやっとした。
「ふうん、何を貰ったんだ?」
気の無い返事をする晴也に、晶は鞄から一通の封筒をもったいぶって出し、妙に真面目な顔をしてゆっくりと手渡した。何芝居がかってんだと思いつつ見ると、封筒にはInvitationと、美しい飾り文字で書いてある。
晶は洗濯物を出しに、洗面台に向かう。晴也は中に入っているカードを、封筒から抜き出した。どこぞの店の割引券のようである。
「これからご結婚を考えているカップル様に、2023年いい夫婦の日限定ご招待……」
晴也は何の気なしにカードの文面を読み上げて、そこではたと声を止めた。そこに晶が戻ってきた。
「ほら、この間指輪くらい作れよ、みたいな話になっただろ? どうも優さんがこのお客さんにその話をしたみたいで、これをくれた」
晴也は晶をぱっと見上げた。彼は少しドヤ顔になっている。
「デザイナーズジュエリーを小さい店舗で取り扱ってる人なんだ……一見さんお断りで、個別接客してくれる店らしい」
晴也は驚いて、もう一度カードを見つめた。有効期限は、今日から今月末までと書いてある。何だか胸がどきどきしてきた。すると晶のがっかりしたような声がした。
「何だハルさん、あまり嬉しくなさそう……」
彼は叱られた犬のような風情を醸し出している。晴也は、そんなことない、と慌てて否定した。
「う、嬉しいよ、でっ、でも、デザイナーズジュエリーって……高いんだろ?」
「だから特別ご招待券なんだって……最大4割引だぞ、買わなくていいから遊びに来てほしいって言ってくれた」
晶は、どうする? と軽い調子で訊いてきた。晴也は興奮を抑えつつ、封筒の隅を握りしめる。
「いっ、行くぞ、今週中に……どんなのがあるのか見てみたい」
「よっしゃ、明日の朝一番に連絡するから、風呂入りながらいつがいいか決めて……午後以降なら明日でもいいって言ってたよ」
真っ赤な顔をして立ち尽くす晴也の代わりに、晶が風呂のお湯張りのスイッチを入れに行ってくれた。晴也は、一瞬でも晶に不信感に似た感情を抱いたことを悔やむ。そして、指輪の話を持ち出されただけで舞い上がってしまう自分が可笑しくなった。
「おおっハルさん、そんなに嬉しいか、持って帰ってきた甲斐があった」
晶は少し涙ぐんだ晴也の顔を覗きこんできて、言った。軽く抱きしめられて顔を上げると、彼も嬉しそうに笑っていた。
ちゃんとしたカップルである証が欲しい。もっと早くに、素直にそう言えばよかっただけなのに。晴也は晶に対して申し訳なくなる。本当に感激した時は、感情がくるくると回って忙しいものなのだと、あらためて晴也は思うのだった。
〈書き下ろし〉
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
夜は異世界で舞う
穂祥 舞
BL
人づきあいが悪く会社では存在感の無い晴也(はるや)は、女装バー「めぎつね」のホステス・ハルというもう一つの顔を持つ。ある夜、同僚ホステスのミチルに誘われて、ゲイ向けのマッスルダンスを観た晴也は、ダンサーのショウに心惹かれる。ところがショウこと晶(あきら)は、晴也の会社の取引先の社員で、商談に訪れた時に、何故か晴也に交際を迫って来る。ノンケで恋愛経験ゼロの晴也は、晶をどうあしらっていいか分からず大混乱して……。やや腹黒わんこダンサー×ツンデレ気味女装男子、昼間は冴えないサラリーマン二人の、恋の話。
☆エブリスタにも掲載中です。 ★リバではありませんが、晶がサービス精神旺盛なため、たまに攻めらしくない行動をとります! ☆この物語はフィクションです。実在する個人・団体とは何ら関係ございません。
おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話
こじらせた処女
BL
網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。
ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは
マフィアのボスの愛人まで潜入していた。
だがある日、それがボスにバレて、
執着監禁されちゃって、
幸せになっちゃう話
少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に
メロメロに溺愛されちゃう。
そんなハッピー寄りなティーストです!
▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、
雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです!
_____
▶︎タイトルそのうち変えます
2022/05/16変更!
拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です
2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。
▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎
_____
開発されに通院中
浅上秀
BL
医者×サラリーマン
体の不調を訴えて病院を訪れたサラリーマンの近藤猛。
そこで医者の真壁健太に患部を触られ感じてしまう。
さらなる快楽を求めて通院する近藤は日に日に真壁に調教されていく…。
開発し開発される二人の変化する関係の行く末はいかに?
本編完結
番外編あり
…
連載 BL
なお作者には専門知識等はございません。全てフィクションです。
※入院編に関して。
大腸検査は消化器科ですがフィクション上のご都合主義ということで大目に見ながらご覧ください。
…………
ムク犬の観察日記
ばたかっぷ
BL
天然ちびっこ高校生、河合椋と元族長の猫被りクラス委員長、宍倉大雅がまったりと距離を近付けて行きます。
ちびっこが小学生のようだったり、委員長が元族長とは思えないくらいヘタレだったりしますが、まったりお付き合いして頂ければ幸いです(´ ˘ `๑)
☆P毎に攻めと受けの視点が変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる